ブルーノ・サンマルチノの話




その時のプレスマンは過去に得た知識だけで二つの質問をサンマルチノに投げ掛けて失敗した。
最初の質問は、

「馬場正平とブルーノ・サンマルチノは若き日のニューヨークでプロレスラーとしての出世競争を誓い合ったのは真実か?」

と言うものだった。

これに対するサンマルチノの回答は、

「ごめん、よく覚えていない。ただ、馬場は英語が話せなかったので私とはフレンドリーではなかった。誰かと人違いしていないか?」

とだった。


二番目にプレスマンは、

「馬場はアメリカでバディー・ロジャースの試合を見て憧れ、チャンピオンシップを戦って尊敬するに至った。と言う話があるが、場と同年代の選手として貴方はバディー・ロジャースをどう評価するか?」

と質問した。

返してサンマルチノは、

「馬場がロジャースを崇拝し、そのようなレスラーに成りたいと考えたのは彼の自由で構わない。私はレスラーとしても、チャンピオンとしても、ロジャースのやり方は間違っていると思う。人間的にも好きではない。」

さらに、

「馬場が誰のファンであろうと私には関係ない。馬場が私をオールジャパンに招聘してくれて以来、彼が私に不誠実であったことは一度もない。彼は世界中で一番信用できるプロモーターであり、信頼できる対戦相手だ。」

と語った。


この二つの質問はどちらも失敗であった。しかし、サンマルチノのビジネスパートナーとしてのジャイアント馬場の立場について日本のプロレスマスコミとしては新しい発見をしたと言っていいだろう。


雲上の巨人 ジャイアント馬場

純烈とダチョウ倶楽部が合体するの?


東スポ見てびっくりした




ダチョウ倶楽部が「純烈」入り!

リーダー酒井一圭と上島竜兵さんの

〝キズナ〟

 

2022年06月18日 05時15分

左から上島さん、純烈リーダーの酒井(東スポWeb)
左から上島さん、純烈リーダーの酒井(東スポWeb)

 歌謡コーラスグループ「純烈」とお笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」が〝合体〟する――。

 ダチョウ倶楽部の肥後克広(59)と寺門ジモン(59)が17日、ニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」にゲストとして生出演。2人が生放送の番組に出演するのは、5月11日に上島竜兵さん(享年61)が亡くなって以来初めてのこと。

 肥後は上島さんを追悼するコメントの中で「二人で、純烈のオーディションを受けます」とコメントしたことに触れ、「リーダーの酒井さんとこの間会って、『合格です』と。ダチョウもあるけど、肥後もジモンも純烈に入ったんです」と明かした。

 純烈の酒井一圭もユーチューブの公式チャンネルで「ダチョウ倶楽部さんが、純烈に入ります!」と認め、経緯を説明した。

 酒井は最近になって肥後&ジモンとの対談が実現。2人に加入を打診し、快諾を得たという。

 酒井といえば、純烈を組む前に新宿・ロフトプラスワンで開催された竜兵会メンバーによる「太陽様を囲む会」で、担当プロデューサーとして関わった縁がある。

「ラジオでも話していたくらい2人は古くからの知り合いでもある。2019年にはダチョウ倶楽部がものまね番組で、純烈にふんして出演。その際、酒井を演じたのは上島さんだったが、それも上島さんの希望だった」(テレビ局関係者)

 関係者によれば、すでに具体的な話し合いは進んでおり、改めて正式に発表の場を設けるという。天国の上島さんも喜んでいるに違いない。

不良債権回収係

ボクがまだ銀行員だった時のことだ。ある倒産事件を思い出して胸が痛くなることがある。
通常、銀行員が倒産の現場に出向いたところで得るものは何もない。苛立った債権者の群れに混じっても、ろくな目にあわない。銀行員は場馴れしていないため、黙っていても必ず周りに正体が知られてしまう。
そして、素人債権者や下請け、従業員たちに囲まれて社長の個人預金はわしらの未払い代金として現金で持って来いと怒鳴られたりすることがある。
たとえ銀行に倒産企業の口座が残っていて、何十万円かの預金があったとしても、何千倍かの回収できない貸出金があるとすれば、銀行こそが不幸な最大の債権者だと言う考え方は否定されなくても良いはずだ。



上の記事は退職して一年後くらいの時期に悔しさに任せて書いたものである。今もそうだが当時も酷い文章である。読む人にはさっぱり伝わらないと思うが辞めるボクは在行時の不遇をぼやいているのだった。

銀行の後輩でセールスの達人がいて金貸しの技術は素晴しかった。借入してくれる顧客の質を問わなければまさに貸出量だけは突出していた。
その男が中途依願退職する時に、辞める理由をボクに語った。銀行に対する貢献度は同僚の何十倍もあるのに何で奴らと同じ給料しかもらえないのか納得できない。ノルマ主義実力主義の企業に再就職する。

後輩は帰国子女だから子供のころから欧米風の実力主義が身に付いていたのだろう。それはそれでよいし、あれから十年以上たつがキチンと飯が食えているらしいので彼の考えは間違っていなかったのだろう。


さて翻ってボクの話である。
ボクは普通の銀行員と違った業務内容だった。
回収屋、不良債権の回収係であった。当時はこの業務の担当者は優秀な行員のやることではなかった。不良債務者つまり銀行にとっては、焦げ付きや自己破産者も含めて、あまり有難くない客の相手をする係であった。

しかし、退職した帰国子女の後輩と同じような考えは
不良債権の回収係のボクにもあった。
今月は何千万、今期は何億円の回収をしたことか。会社に対する貢献度は、貸出成績の優秀者なんかよりよっぽど高い。不良債権回収屋としての矜持であった。

事実、どんなに貸出を増やしたとしても回収不能の不良債権となれば銀行の損失は増えるばかりだ。利息は入らない。元金さえ戻らない。こういうロスは銀行の収益をどんどん食い潰していく。そういう焦げ付き債権を回収したり、延滞していた利息を回収することは銀行の利益に多大な功績を与えている。

そういう事を知らないわけではないのにバカな経営者どもは貸出金を増やしたり預金獲得ノルマを達成する行員を褒める。人事考課では高評価を与え昇進させる。結果、ノルマ達成にしか興味のない行員が出世していく。



サラリーマンとして希望が無くなったり働くことの意義を感じられなくなった時は潔く退職して正解である。誰にも遠慮はいらない。一度きりの自分の人生後悔することのないよう精一杯生きるべきである。残念ながらボクは前述の帰国子女行員のように自分の待遇を不満として銀行を途中退社しなかった。

しかし、これについても後悔はない。不遇の時代と自分で思い込んでいたあの時期に他の行員が経験できないような債権回収と言う仕事を通じて貴重な経験ができたと思っている。

民事執行法にのっとって裁判所に競売申し立てをして国家権力で回収する、バルクセールと言って債権買取専門会社に債権売却して回収する方法、信用保証協会に代位弁済してもらう方法、連帯保証人から回収する方法、いずれの方法を取ったとしても債務者に憎まれたり恨まれたりしては何にもならない。

そのために債務者と向き合い、よくその意見を聞き、時には相談に乗り、そして互いの状況を改善していく。そういう努力をしてその方法を身に着けたのはその時の苦労が元になったのだと思う。



不良債権回収の手引き (債権回収実務手引選書)

バディーロジャース

日本のファンがその試合を日本で見ることのできなかった偉大なプロレスラーと言うとバディーロジャースとアントニオロッカです。ボクは二人とも大好きなのですがテレビでも生でも見ていない。YouTubeやテレビの世界のプロレスやプロレス雑誌でしか見たことがない。
それなのになぜそんなに惹かれるのだろうか?
タイトルとかケンカの強さとかにはあまり興味がない。格闘シークエンスの見せ方の凄さ、鮮やかさと言う点で惹かれるのだろうと思う。

最近ではバディーロジャースの記録や写真、動画、エピソードに凝っている。フィギアフォーレッグロックはデストロイヤーがロジャースのパクったと言うことが最近では常識だし、クラシカルのパイルドライバーもロジャースの発案と言われている。ロープに飛んでのドロップキックもロジャース以降と言われている。

またダーティーチャンプとかゴッチとミラーによるリンチ事件とかその最期はスーパーの床に落ちていたアイスクリームに足を滑らせて後頭部を打撲、それが死因だったという悲しい人生の終わり方をしている。

なかなかリングの上で脚光を浴びていた時のような華々しいばかりの人生ではなかったようだけれどリングを降りて周りにファンやプレスがいなければ、後は素の自分に生まれつきの性格の自分に戻るのはごく自然なことだ。


公表されている唯一の例外は妻と赤ん坊を抱いているロジャースの写真である。実にいい顔をしている。いい笑顔。幸せそうな顔。これはプレスのカメラマンが撮ったのだろうけれど夫として父としてのロジャースの素顔をとらえた良い写真だと思う。

プロレス・oldies

巨大な惑星のような引力で数多くの才能や偉大な人物が #力道山 先生の魅力に惹き寄せられて行った。 #グレート東郷 もその一人。 貧困から一代で莫大な資産を成したが最期は孤独死だったと伝わる。もし彼にほんの少し慈悲の心があれば力道山先生と共に日本プロレスの父と並称されていたかも知れない
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マスクがない

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家の女にマスクの買置きある?と尋ねたら学生の時してたやつをくれた。「天下無双」とか「必殺」などの刺しゅうのある高そうなマスク。

日本人の好きな漫画家

水木しげるさんは、つげ義春のタッチにほれ込んで、雑誌ガロ誌上に
つげ義春さん。連絡をください。水木しげる。」と言う広告を
載せた。
それを見たつげさんが調布市の水木さん宅を訪れアシスタントに
なったという。


その時、つげさんはもうすでに「つげ義春」というブランドとして
確立されたプロの漫画家であった。しかし、水木さんに乞われて
水木さんのアシスタントを引き受けた。
引き受けたつげさんの本心は誰にも分らない。

一部漫画ファンがよく水木さんに尋ねたという。

「つげさんは自分がプロの漫画家なのに今更、水木さんのアシスタント
なんかして、プロとして自信喪失でもしたのでしょうか?」


水木さんの答えは明快である。


「ボクはつげさんのタッチがボクの漫画にピッタリだと思った。
何とかボクの作品作りを助けてもらいたいと思ってオファーした。
もちろん、彼は自分のタッチが確立されたプロの漫画家だ。だけど
プロのアシスタントとして仕事をして生活の糧を得たいと思って
ボクのところに来た。
ただ、それだけのことであって、別に、つげさんが堕落したわけでも、
プロとして自信喪失したわけでもない。」


つげさんはつげさんでアシスタントをしながらこの時期、「ねじ式」、
「ゲンセンカン主人」、「紅い花」を発表している。

だから、生活の糧を得るために水木さんのアシスタントをしながら、
自分の描きたいものを描いていた。堕落や自信喪失ではなくてまさに
充実した漫画家活動をしていたと言えよう。三作品はつげさんの

代表作と言う人もいる。

ボクの友人の漫画家兼編集者は、個人的にと前置きして
「ゲンセンカン主人」が一番好きだと言っているほどだ。

つげさんは水木さんを尊敬していたらしく、ゲゲゲの女房
水木しげる夫人の著作によると水木さんの車を池上遼一さんの運転で
水木さんつげさんが同乗して神田の古本屋街によくでかけていったそうだ。

水木夫人の話ではつげさんはガロの広告を見てふらりと水木邸に現れ
、住むところもないというので、水木さんはあわててアパートを
契約したそうだ。ふらりと現れ、「ヤスミタイ」という謎の手紙を
残して失踪事件を起こし、また、ふらりと姿を現してアシスタントの
仕事をしたりしたそうだ。

つげさん自身は、一連の行動に関して「自分の中の精神的な不安定」と
「旅行癖( 異常な放浪癖 )」を挙げている。

休筆宣言をした後、深大寺かどこかで偶然バッタリ、水木さんと再会し、

( 仕事と生活が思うようにいかず)「不安で不満ですよ。」

と水木さんが言うのを聞いて、

「あれほどの成功者にして、心の不安はぬぐい切れないのだ。」

と思い、ますます尊敬したと語っている。

 


池上遼一さんに関しては水木夫人の著書によると、関西で看板を
描いていた池上さんがガロに発表した作品の画力に感心した水木さんが
編集部に頼み込んで関西からアシスタントをしてもらうために
呼び寄せたという。

上京したその日から、水木さんの原稿の背景を担当し、驚くほどの
スピードで完成させ、水木夫人が用意した夜食の握り飯を片膝立てて、
これまた驚くべき程のスピードで平らげ、仕事に戻り、
また、すごいスピードで仕事を続けたという。

水木夫人は、池上さんの何をするにも驚くべきスピードでやってのける様に
驚いているが、同時にとてもきれいな絵を描いていたと述懐している。

 

不思議な事に池上さんのヒット作品のほとんどが原作付き漫画(劇画)で
あることだ。ボクが知っているだけでも、「スパイダーマン」、
「ひとりぼっちのリン」、「I餓男」、「男組」、「信長」、
サンクチュアリ」、、、などすべてだ。

ボクは、原作付き漫画の作画家が悪いとかは全然思わない。それどころか、
他人の作ったストーリーを絵に表わせる人は、ストーリーを創作する人と
同じくらいの力を尽くして作画化していると思う。


今一つ不思議な事は、池上さんはつげ義春さんの大ファンで水木さんの
アシスタントになった時、そこにつげさんがいて驚いたが、
水木さんの言によると、

「私よりも、つげさんのことを先生々と呼んで、よっぽど尊敬していた。」

と言う話である。本当に興味深い不思議な関係だ。


最高の弟子【水木しげるのアシスタントつげ義春、池上遼一】


無能の人・日の戯れ(新潮文庫)

水木しげるさんは、つげ義春のタッチにほれ込んで、雑誌ガロ誌上に「つげ義春さん。連絡をください。水木しげる。」と言う広告を載せた。それを見たつげさんが調布市の水木さん宅を訪れアシスタントになったという。

その時、つげさんはもうすでに「つげ義春」というブランドとして確立されたプロの漫画家であった。しかし、水木さんに乞われて水木さんのアシスタントを引き受けた。引き受けたつげさんの本心は誰にも分らない。

一部漫画ファンがよく水木さんに尋ねたという。

「つげさんは自分がプロの漫画家なのに今更、水木さんのアシスタントなんかして、プロとして自信喪失でもしたのでしょうか?」

水木さんの答えは明快である。

人生をいじくり回してはいけない (ちくま文庫)

「ボクはつげさんのタッチがボクの漫画にピッタリだと思った。何とかボクの作品作りを助けてもらいたいと思ってオファーした。もちろん、彼は自分のタッチが確立されたプロの漫画家だ。だけと゛、プロのアシスタントとして仕事をして生活の糧を得たいと思ってボクのところに来た。ただ、それだけのことであって、別に、つげさんが堕落したわけでも、プロとして自信喪失したわけでもない。」

つげ義春日記 (講談社文芸文庫)


つげさんはつげさんでアシスタントをしながらこの時期、「ねじ式」、「ゲンセンカン主人」、「紅い花」を発表している。

だから、生活の糧を得るために水木さんのアシスタントをしながら、自分の描きたいものを描いていた。堕落や自信喪失ではなくてまさに充実した漫画家活動をしていたと言えよう。三作品はつげさんの代表作と言う人もいる。

ボクの友人の漫画家兼編集者は、個人的にと前置きして「ゲンセンカン主人」が一番好きだと言っているほどだ。


つげさんは水木さんを尊敬していたらしく、ゲゲゲの女房水木しげる夫人の著作によると水木さんの車を池上遼一さんの運転で水木さんつげさんが同乗して神田の古本屋街によくでかけていったそうだ。

水木夫人の話ではつげさんはガロの広告を見てふらりと水木邸に現れ、住むところもないというので、あわててアパートを契約したそうだ。ふらりと現れ、「ヤスミタイ」という謎の手紙を残して失踪事件を起こし、また、ふらりと姿を現してアシスタントの仕事をしたりしたそうだ。

新版 貧困旅行記(新潮文庫)


つげさん自身は、一連の行動に関して「自分の中の精神的な不安定」と「旅行癖( 異常な放浪癖 )」を挙げている。

休筆宣言をした後、深大寺かどこかで偶然バッタリ、水木さんと再会し、

( 仕事と生活が思うようにいかず)「不安で不満ですよ。」

と水木さんが言うのを聞いて、

「あれほどの成功者にして、心の不安はぬぐい切れないのだ。」

と思い、ますます尊敬したと語っている。

 

漫画家本vol.12 池上遼一本 (少年サンデーコミックススペシャル)

池上遼一さんに関しては水木夫人の著書によると、関西で看板を描いていた池上さんがガロに発表した作品の画力に感心した水木さんが編集部に頼み込んで関西からアシスタントをしてもらうために呼び寄せたという。

上京したその日から、水木さんの原稿の背景を担当し、驚くほどのスピードで完成させ、水木夫人が用意した夜食の握り飯を片膝立てて、これまた驚くべき程のスピードで平らげ、仕事に戻り、また、すごいスピードで仕事を続けたという。

水木夫人は、池上さんの何をするにも驚くべきスピードでやってのける様に驚いているが、同時にとてもきれいな絵を描いていたと述懐している。

 

BEGIN(1) (ビッグコミックス)


不思議な事に池上さんのヒット作品のほとんどが原作付き漫画(劇画)であることだ。ボクが知っているだけでも、「スパイダーマン」、「ひとりぼっちのリン」、「I餓男」、「男組」、「信長」、「サンクチュアリ」、、、などすべてだ。

ボクは、原作付き漫画の作画家が悪いとかは全然思わない。それどころか、他人の作ったストーリーを絵に表わせる人は、ストーリーを創作する人と同じくらいの力を尽くして作画化していると思う。


今一つ不思議な事は、池上さんはつげ義春さんの大ファンで水木さんのアシスタントになった時、そこにつげさんがいて驚いたが、水木さんの言によると、

「私よりも、つげさんのことを先生々と呼んで、よっぽど尊敬していた。」

と言う話である。本当に興味深い不思議な関係だ。

ゲゲゲの鬼太郎(1) (コミッククリエイトコミック)

紙おむつで司法試験に合格したシニアの話

司法試験トップ合格者らが伝えておきたい勉強法と体験記

新日本法規出版







先輩が紙おむつをして司法試験を受けたと聞いてびっくりした。
ボクは70才だし、先輩は72だから不思議はないのだが。

よく聞いてみると紙おむつではなく紙パンツをして試験に臨んだのだと言う。納得した。
寝たきりでもないのに紙おむつとは?不思議だったが謎が解けた。
試験は合格したそうだ。

高齢化社会と言われて久しいが、老人だから、トイレが近いから何もせず家にいてテレビばかり見ていては老いが早々とやって来る。
かえって若いもんに迷惑をかけることになる。


自分の工夫で老人としての自分の弱点をカバーして社会貢献する方法は探せばきっと見つかるのではないか?先輩の話を聞いてそう思った。

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こんなヤフオク自己紹介文は不要

今すぐ使えるかんたん ヤフオク! とことん稼ぐ攻略ガイドブック (今すぐ使えるかんたんシリーズ)










ヤフーオークションの自己紹介文の中に笑えるのがある。ヤフオクの自己紹介はオークション参加者に安心して品物を買ってもらうためのものだと思うが中にはとんでもなく勘違い人間がいる。

「私は外資系の銀行に十年勤務していましたがこの度ヤフオクを再開します。過去1000件以上していましたので分からない事は何でも聞いてください。」

と、高い所から目線の文章が綴られており何を勘違いしてか住所氏名連絡先電話番号が記載されていた。

それに対しての書き込み。
「現在は匿名発送、匿名受取が原則です。十年以上前のルールを熟知していると言っても現在は通用しない。それに誰もあなたの個人情報なんか知りたくないし、、、」