書店で買えない本


現在、書店でブログアフィリエイトの本を探しても5、6冊くらいしか見受けられない。
そしてそれらはいずれも2017年頃に出版されたものがほとんどである。

つまりブームとしては完全に過ぎ去っている。

ある時、十年ほど前に出たスマホの取説が欲しくて出版されたものはないかと書店に問い合わせた。
「もうない。」と言うのが回答だった。
九年ほど前まではたくさんあったが流行が過ぎると誰も欲しいと思わなくなり、
買い手のつかないものは書店の店頭から必然的に消えることになるらしい。

 

以前にハードボイルドが読みたくなりハヤカワミステリーのマイクハマーシリーズ「裁くのは俺だ」を書店で探したがなかった。
店員も取り寄せようかとか調べようかとも言わない。
もう、ネットショップか図書館で見る以外に方法はないのだろうか。

同様に山田風太郎の「甲賀忍法帖」も書店から消えていた。読者がいないのだそうだ。

徳富蘆花(徳富健次郎)トルストイの妻を叱る


徳富蘆花(徳富健次郎)先生の「みみずのたはこと」というエッセイ集がある。

人道主義者、キリスト教徒と言ってもさすが明治の男、根底に武士の気構えが在って

かなりの硬派だ。

当時乞食が何人か物乞いに来ていたらしい。徳富蘆花も裕福ではなく、都内の邸宅を引き払い武蔵野の片田舎の百姓家に引っ越したところで農作物の生産も全然軌道に乗る前だから貧しい頃の話。

履き古しのズック靴を恵んでやったら気に入ってずっと履いていた男がいた。

これなんかは可愛げがある方で、時に食い物をやる。
栗や芋、それがない時は沢庵を何切れか渡したら、「こんなもの」と乞食が馬鹿にして家の前に捨てて逃げたから、蘆花先生立腹してぶち殴ってやろうと追い回したという話。

 

蘆花先生はかなりの行動派、国際派で帝政時代のロシアに旅行して憧れのトルストイ宅にしばらく逗留していたことがあるらしい。

かなり親密になって帰国してから文通したというからロシア語についても随分堪能であったと思われる。

110年も前でスマホも翻訳機もない時代であるから凄い素晴らしいことだ。

 

トルストイが日本語をしゃべったのではなくて蘆花先生がロシア語を話したのだから凄い。トルストイ翁の作品も原語で読んでいたのだろう。まったく驚異だ。

 

突然トルストイが死んだ。

家出して三日目。

田舎の駅で肺炎になり死んだ。

 

家出理由は妻との喧嘩だ。

トルストイは家族係累が多くそれらを食わせていたがノーベル文学賞の賞金を辞退した。

数々の世界的名作の著作権も放棄しようとした。

つまり金が入ってこない。家族を養えない。

妻は怒る。

トルストイは自分の文学は金で売らないとかいいかっこしても妻子や年寄りの食い扶持も稼げないような亭主はろくでなしだ。

夫婦喧嘩が絶えない。

いかに世紀の文豪でも毎日毎日金のことでかみさんに小言を言われていたらいたたまれなくなり家出した。

トルストイは衰弱して、寂れた田舎の駅で倒れ、あえなく死んでしまう。

その死を悼んでロシア内外から一万人もの人がその葬儀に参列したという。

 

この死に関して蘆花先生はトルストイの妻に対してロシア語で長文の弾劾文、恨み言を綴って送っている。ロシア語で「トルストイ先生が死んだのは奥さん、貴女のせいだ。貴女が悪い。」と攻撃するのだから凄い。

 

そしてそれを日本語に訳して自分のエッセイ「みみずのたはこと」に全文掲載しているから大激怒のほどが分かろうというものである。

静岡の友人から蜜柑の木が枯れそうだと言ってきた

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大学時代の同級生で静岡の人がいる。

みかん農家で年の瀬近くなると毎年みかんを

送ってくれる。

ありがたい。


今年はこの暑さでみかんの木が枯れそうだと言ってきた。

さもありなん。

静岡で日本最高気温41℃だって。大変だ。

 

彼の家族は例のカムチャツカの地震

7月30日の津波避難もしたらしい。

8月に入って41℃の超猛暑でみかんが危なくなって

明日8月10日は静岡県に大雨の予報が

出ているらしい。

 

もともと静岡県民は地震などの災害対策意識は

強いようだ。小学生の頃からそういう教育も

きちんと受けているらしい。

 

無事を願うばかりです。

そしてみかんの木も大雨で息を吹き返してほしい。

延原闘真君!再出場!2025年7月21日名古屋場所九日目

今日、2025年7月21日名古屋場所九日目、

延原闘真君が再出場する。

 

無理はしないでほしい。

ケガしないでほしい。

負けないでほしい。

 

あと全部勝ってくれ。

そうすると勝ち越しだ。

 

でもそんなことよりやっぱり

無事でいてほしい。

 

勝ち越して関取の座を

引き寄せてほしい。

 

複雑だ。

勝利と無事を祈ります。

二子山部屋力士・延原闘真君の復活を祈る


ケガの具合が心配だ。

また元通り元気な姿を見せて欲しい。

負けるな!延原闘真君!

ここからだ!アクシデントなんかに負けずにもっともっと強くなって帰って来てください。

徳富蘆花からロシアの文豪トルストイの妻への手紙

1910年、ついに家出を決行するが、鉄道で移動中悪寒を感じ、家出3日後に小駅アスターポヴォ(現・レフ・トルストイ駅)[map]で下車した。 1週間後、11月20日に駅長官舎にて肺炎により死去。 82歳没。 葬儀には1万人を超える参列者があった。
☆     ☆     ☆
 
徳富蘆花はロシアの文豪トルストイのファンで
トルストイの自宅を訪ねるほど彼の信奉者であったが
家出の果て死亡したトルストイの死を悼み、
トルストイの妻に向かっては物凄い恨み言の羅列を
綴った手紙を送った。
 
①トルストイを死なせたのはあなただ。
②ノーベル賞金の辞退、著作権の放棄など
 彼の意思を妨げるべきでなかった。
③彼が家出する前に奥さんが折れるべきだ。
 
 
115年前の話。
明治時代のことだ。
夫婦喧嘩の果てに家出して小さな駅で死んだ。
ロシアの、世界の文豪、大トルストイにして
こういう人生最期のあり方。
 
いつの世でもどこの国でも夫婦喧嘩はつまらない。
トルストイ夫妻も妥協し合えばそこそこ健康で
幸せに生きられたはずだ。
 
徳富蘆花はよっぽどショックだったらしく、
徳富健次郎(本名)の名前で書いたエッセイ
「みみずのたはこと」
(取るに足りないような小さな虫のミミズの
戯言と言うほどの意味か?)の中でトルストイの
妻に宛てた手紙の全文を載せている。
 

二子山部屋純情力士(新②) 次期関取・延原闘真君と2025/7/15のアクシデント

延原闘真くんが好位置にいる。

坂上ディレクターが配信したYouTubeで見た

三田関の昇進祝いのパーティーの席上、

後援会長が口にした。

 

「関取の化粧回しも資材が高騰して(費用が)高い(笑)」

 

「(次期関取は)延原だと思う」

 

「出来ることなら費用が高くても(早いうちに)

関取になってもらいたい(笑)」

 

大相撲番付表 令和七年七月場所 名古屋 2025

それらの発言で延原君も真剣に挑戦していた矢先に

2025/7/15の本割でアクシデントが発生した。

車椅子で下がっていく延原君

とても心配だ!大事無ければいいが!

 

二子山部屋純情力士(新①)高原契斗くん

二子山部屋相撲飯を見てたらお客さんらしい30歳前くらいの男性が
ちゃんこを食べながら親方と話していた。
身体を鍛えているらしく短パンや半袖から出ている手足の筋肉が半端でない。
家の女がさっそく言う。

「親方の知り合いの格闘技の選手が遊びに来たのかしら?」

ボクもそうだと思った。苗字を高原さんと言うらしい。

「今度入門予定の新弟子と同じ苗字だけどその人かしら?」

「新弟子の高原くんは梅ちゃんと一緒の18歳やろ。この人は30歳くらいに見えるぞ。」

「じゃあ、今度来る新弟子さんの兄さんとか関係者かしら?」

相撲好き老人たちは好き勝手なことを言っている。
そのうち親方が

「梅山とやったの?」

とお客さんに尋ねると、その格闘技選手は梅ちゃんを見て

「十和田大会の決勝戦トーナメントの前にやりました。樹徳ですよね。覚えてます?」

とほほ笑む。

「はい。樹徳です。」

と梅ちゃんも律儀に返事する。

神奈川大会の話になって高原さんは旭岡高校の一年の時、
向の岡工業高校3年のジャスティンと体重別決勝で当たって

「負けました」

と告白した。これには向の岡工業高校でジャスティンの先輩のわ
かみ(若雅隆生、遠藤)が真顔で驚いていた。

「知らなかった。(ジャス優勝していたんか。)」

「神奈川県1位桑江一生(ジャスティン)」

と延原君がまとめた。

結局、30歳くらいの親方の知人の格闘技選手に見えた
お客さんは新弟子の高原契斗くんだった。

いやあ、すげえ筋肉と迫力でてっきりプロ格闘技の選手参加と思いました。
Xでも同じような感想を言ってた方がいました。
ほんとに迫力ありました。

でもこの後の高原くんの初稽古と、坂上さんのインタビューの配信の
回でボクらは高原くんの凄い過去を知ることとなりました。
また報告します。













友情と中傷の間で(後)


ボクが誹謗中傷を受けている事、本名で記事を書くことに対しての怖さ、家の者がそういう書き込みを見て体調不良になっている事、よってしばらくは記事の投稿を休みたいと告げた。

そうすると友人は何を思ったのか、ボクが記事のギャラが払われていないことに不満を言い出したと勘違いした。

ギャラはそのうちまとめて払う、実名が気に入らないならペンネームを考えるなどと言い出した。

そこから話はこじれた。金のことは一言も言っていないのに友人はすぐ無償で書かせていることの言い訳を言い出した。

 ボクは友人が学生時代から知人に借金をして散々踏み倒してきた前科があったことを思い出した。金に汚いというのは嫌なものだ。ボクはますます気がめいった。

 

それから一度だけ記事を彼の考えたペンネームで書いた。東京都の運営する豊洲市場への移転問題についての考察記事だったが、名前を変えたところで文章の癖が変わるわけもなく、これにも誹謗中傷メールは届いた。

 おまけに肩書欄に彼はボクのことを「経済評論家」と書いた。とんでもない嘘だ。

ボクは彼との交際は無理だと判断した。

築地から豊洲へ (~世界最大市場の歴史と将来~)

友情と中傷の間で(前)


【自然のポストカードLac et Soleil】青空と雲の葉書49ハガキはがき photo by MIRO

友人が運営するブログにちょっとでいいから記事を書いてくれと言ってきた。

彼は本も出しているしその道ではウィキペディアにも載っている有名人だったので、

OKした。

ただ、無名のボクの書いた文章を読む人はいないと思っていたから最初は断った。

誤字脱字するだろうし、句読点の正しい打ち方も知らないようなやつの記事が面白いわけないじゃないかと言ったら、俺がサポートするから頼むと友人。

お前のメールやなんかなかなか面白いし、それを俺んところのブログに載せたら読者もふえると思う。ただギャラが払えないんだけどなと彼は言った。

正直に言ってくれたし、友人から金をもらう気もないし、ボクの文章の添削してくれるというのでプロとボクのような素人の文章力の違いも見てみたいと数編記事をメールした。

 

なかなかいいぞ。毎週載せるから。ほかの記者が書けない時は毎日でもお前のを載せるからどんどん送ってくれと言われた。

 

しばらくは毎週記事を5、6編送っていたが、すく変な事に気付いた。

ボクの肩書が文筆業となっていた。それにボクの本名がその横に書かれていた。

ボクの知人だろうかやがて批難する人が現れた。

「文筆業などとうそをついている。」

「本の一冊も出していないくせに、こんな文章力で文筆業とは笑わせる。」

 

批難や中傷の投稿は続きボクは記事を書くのが嫌になった。

友人にそれを告げると慌ててメールしてきた。



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