本宮ひろ志さんにもらったTシャツ

硬派銀次郎 第2巻【電子書籍】[ 本宮ひろ志 ]
硬派銀次郎 [ 本宮ひろ志 ]

受験生の頃、本宮さんの「男一匹ガキ大将」が少年ジャンプで連載されていて読者に圧倒的人気を得ていた。他社に比べ新興の少年ジャンプ誌は若手で勢いのある作家を起用した。

ボクは最初、本宮ひろ志という新人作家の絵の下手さと行き当たりばったりみたいなストーリーに反発していた。

が、主人公の少年のセリフと熱量だけは刺激的で惹かれていった。いつしか、本宮さんの絵は安定してきれいになった。荒唐無稽なストーリーもこれこそ漫画の醍醐味と感じ始めた。そして毎週購読するようになり、大ファンとなった。

卒業時、本宮ひろ志さんに手紙を書いた。そのころには「硬派銀次郎」の連載が始まっていた。「男一匹ガキ大将」と「硬派銀次郎」の感想を書いたファンレターだった。

東京での学生生活は楽しいことばかりではなかった。学費と生活費を稼ぐためのアルバイトは辛いこともあった。だけど先生の漫画を読んでずいぶん励まされた。感謝しています。そんな内容の手紙だった。


卒業式が済んで寮を引き払う頃、本宮さんから郵便小包が届いた。開けてみるとTシャツが入っていた。「硬派銀次郎」のイラストの入ったやつ。そして、便せんに「いつも読んでくれてありがとう」と書かれていた。

ボクの学生生活は終わった。

友人の漫画家と読むつげ義春大全

つげ義春コレクション 鬼面石 / 一刀両断 ちくま文庫 / つげ義春 【文庫】
つげ義春コレクション 鬼面石 / 一刀両断 ちくま文庫 / つげ義春 【文庫】



つげ義春大全も15巻目くらいになると見覚えのあるタッチになってきます。「東京トップ社」という貸本漫画の出版社に描いたものと、いよいよガロに描いた作品が載り始めます。だいたい1964年から1965年の間くらいです。この頃、小さな版元は編集者はいなかったとガロの長井さんの証言が巻末の解説文に載っていましたが、東京トップ社では発行人と編集と著者名が奥付に印刷されています。


東京トップ社から出版された作品にはつげさんのタッチが、永島慎二さんやさいとう・たかをさんに似ていることに気づきます。ガロに掲載し始めた頃は完全につげさんのタッチが確立されてきめ細かい絵になります。忍者もの、時代物が多くなります。

同時に宮本武蔵ものが増えてきます。定番の巌流島とか、吉川英治の武蔵ものとは全く異なる切り口で大いに楽しめます。武蔵本人がなかなか出てきません。武蔵の噂、武蔵の偽物、武蔵の刀などにまつわるオムニバスで、たまに武蔵本人が登場すると、とんでもないならず者のように描かれています。しかし、その焦点はまっすぐ人間武蔵の内面を見つめています。


菊池寛、直木三十五、吉川英治の三人の作家による宮本武蔵論争でいうと、つげさんは武蔵は、菊池寛の言うような最強の剣豪でもないし、直木三十五が貶すほどの卑怯者でもないし、ましてや吉川英治の描くような聖人君子ではない。人間武蔵の生きざまを武蔵を登場させずにその時々の作品中に描き切っています。曰く。武蔵は強かった。非情だった。打算的だった。誠実だった。時に人間的だった。など等。


もちろん、つげさんは若い時から時代物、武蔵ものを描いていますから、この時代で登場人物の内面描写に踏み込んだということは、つげさん自身の心境に変化があったのかも知れません。そしてこの時期を乗り越えてつげさんの代表作と言われる作品が登場します。

つげ義春大全15巻を越えてますます面白くなってきた。

友人の漫画家とつげ義春さんの模倣疑惑に大反論する

貧困旅行記新版 (新潮文庫) [ つげ義春 ]
貧困旅行記新版 (新潮文庫) [ つげ義春 ]


つげさんの貸本時代の漫画が雑誌より面白い。
やはり自由に作品を作れたことが好影響を及ぼしたと思う。

その貸本作品何篇かの盗作疑惑がある。ストーリーや描き方などを他の作品から模倣しているというものです。
ボクが「あッ!そっくりだ。」と思ったのは1956年(昭和31年)若木書房「生きていた幽霊」84頁のシーン。
この場面は貧乏な漫画家の青年が金を盗もうと決断して富豪の小説家の家の階段を昇るところ。

ある大漫画家の金貸し老婆殺人事件と酷似.。
ドストエフスキーの『罪と罰』を戦後、大手塚が漫画に仕立てたものに絵がそっくりだと思いました。

戦後の貸本漫画ブームの数年間は作家が不足して盗作模倣パクリは当たり前に横行していたらしいです。
でも貧乏な貸本作家たちは最低でも一か月に一冊の漫画制作のノルマを果たさなければ生活が立ち行かなかったらしい。
で、上記の階段のシーンを盗作と言うのは正しくないと思う。

これを盗作模倣と言うなら漫画、アニメ、小説、映画、TVドラマは殆どパクリばかりと言う理屈になる。

一方、つげさん本人は「生活のためにこども向けの玩具を作る様にして漫画を描いていた。」とも語っているし、一方で、
「とにもかくにも読まれなければ(売れなければ)読者には喜ばれない。」と語っている。
大白土の名作「忍者武芸帳・影丸伝」に似せて「忍者秘帖」を描いたのも家族の生活を支えるためと言うふうに言う。

もう一つ、金のかかる若い女性と同棲した時、雑誌に「忍者くん」という大白土三平の「サスケ」のキャラクターとうり二つの
主人公の登場する野球漫画を描いたがやめたくて仕方なかったらしい。完全に生活に追われて描いた作品らしい。
ボクは面白かったけど。

蛇足ながら、大手塚治虫の「漫画家は漫画から漫画を学んではいけない。」と言う言葉は、単に盗作はだめといっているのではなく、「あれ、どこかで見たな。」と読者に思われるような漫画はやがて淘汰されるよと言う意味だろう。

高知の漫画家に問う・つげ義春の坂本龍馬像

幕末風雲伝 / つげ義春 【本】
幕末風雲伝 / つげ義春 【本】


つげさんには貸本漫画時代に『幕末三部作』と言うものがある。昭和31、32年の発表です。評論家の高野慎三さんは第二部で登場した坂本龍馬のキャラクターに注目しています。

つげさんは豪放磊落で行動的進歩的剣の達人ながら戦争を憎む龍馬像を描き上げています。

今のボクからすると定着した坂本龍馬のイメージでありますが、しかし❢高野慎三さんは「今日、我々がイメージするところの龍馬像は司馬遼太郎さんの名作『龍馬がゆく』によって固定されたものであり、産経新聞に連載されるはるか前に歴史の表舞台では振り返って見られることのなかった龍馬像をどのようにしてイメージしたのだろう。」と書いています。

確かに自由民権運動の時、「土洋新聞」に板垣退助が「千里の駒」で龍馬の生涯について書かせたり、明治皇后様の夢枕に立った白装束の武士について同じく板垣退助が「それは坂本龍馬直柔と言う勤王の志士です。」と奏上して以来は、昭和36年6月『龍馬が行く』の連載開始まで多くの日本人が名前すら知らなかった事実があります。

そして、つげさんは龍馬暗殺の謎にも踏み込んだ描写をしています。
つげ義春が優れたストーリーテラーである所以だと思います。

漫画家へのメール・つげ義春さんの『忍者秘帖』と白土三平さんの『忍者武芸帳』

忍者武芸帳 影丸伝(13) [ 白土 三平 ]
忍者武芸帳 影丸伝(13) [ 白土 三平 ]

【送料無料】 つげ義春大全 8 忍者秘帳 1 忍者秘帳 2 KCデラックス / つげ義春 【コミック】
【送料無料】 つげ義春大全 8 忍者秘帳 1 忍者秘帳 2 KCデラックス / つげ義春 【コミック】

引き続き、つげさんの本を読んでいます。だんだん面白くなってきた。食傷気味と言ったのを取り消します。解説文は貸本漫画の研究家の高野慎三さんがつげさんにインタビューをした内容が元になっています。高野慎三さんは、その道の超有名な人らしいですが、ボクはガロ系の人に疎いのですみません。

繰り返し出てくる言葉は「生活のために一人でできる仕事として漫画を選んだ。」「家族の生活を支えるために一か月に一冊のペースで130ページから150ページの貸本漫画を描いた。」と言う表現です。

貸本漫画はテーマもタイトルもセリフも何から何まで自由にやらせてくれたと語っています。楽しみながら描いています。それに比べて雑誌の漫画は不自由でとこぼしています。編集者がつきっきりで絵もストーリーもセリフも細かい部分まで一々修正を求められて嫌になったらしい。そのため、一時期雑誌の仕事を辞めて貸本漫画に特化しています。

有名な『忍者秘帖』は、白土三平さんの『忍者武芸帳』人気にあやかろうとタッチを真似したとつげさんは語っていますが、クォリティーの高さは凄いと思います。ストーリーもつげさんのオリジナルでいろんなアイディアや取材もされていてボクは『忍者秘帖』は決して『忍者武芸帳』の二番煎じなんかじゃないと思います。

それから、デビュー後つげさんはトキワ荘に大手塚治虫を訪ねています。やはり戦後の漫画家劇画家は大手塚の影響を受けています。同い年の永島慎二さんとは仲が良かったそうです。

今回読んだ『忍者秘帖』の巻末に昭和36年当時の若木書房の新刊の広告が載っていました。
『泉』1月号に、わたなべまさこ
『ゆめ』1月号に、木内千鶴子(*)
『ひまわりブック』に、横山まさみち、武田京子  各先生の名前が見られます。
各巻A5判176頁 定価150円 発行人北村二郎(この人が若木書房の創立者?)となっています。
非常に興味深いです。
若木書房とひばり書房は、貸本屋ばかりでなく、新刊本の書店にも本を出していたようです。
米価換算で現在の価格にすると1000円から1200円くらいかなと思います。


木内千鶴子(*)ボクの故郷の町の出身の先生。うちのせがれが幼児の頃、公園で絵を描いていたら「絵のうまいおばあちゃんが絵の描き方を教えてくれた。」と言ってました。この人が木内千鶴子さんでした。大手塚に憧れ上京し漫画家になった。後に結婚、故郷に帰り女子大の教授になった。ボクは姉の「マーガレット」で木内さんの母子ものやバレーものを読んでいた記憶があります。

親友の漫画家への手紙・昭和三十年代のつげ義春さん

時刻指定とか、郵便局留めとか、こちらではできない事を言ってくる客には腹が立ちます。
それでも、「すみません。できません。」と謝ることにしています。
お客様は神様です。奥様は魔女です。(by東北新社)

【中古】 つげ義春 初期傑作短編集貸本編(上)(文庫版)(3) 講談社漫画文庫/つげ義春(著者) 【中古】afb
【中古】 つげ義春 初期傑作短編集貸本編(上)(文庫版)(3) 講談社漫画文庫/つげ義春(著者) 【中古】afb

つげさんの全集をなんやかんやと言いながら読んでいます。

気になったことがひとつ。昭和三十年代の作品の中で、長編の作品が打ち切りになっていることです。
ボクは漫画週刊誌の時代の連載打ち切りや、無理やりストーリーを終わらせて今週で最終回と言うのはよく見かけました。その時は、ああ作家さんが未熟だったんだなと考えていました。


しかし、貸本漫画時代の長編で上中下、三巻の予定の作品が上巻だけでおしまいと言うのをみてびっくりしました。最終頁は主人公の無念そうなセリフ。(作者が無念と思っているから主人公も当然そういうセリフになる。)
そして、つげさんのお詫びの文章が載っています。

『編集の都合で、これで打ち切りとなります。残念です。またいつか続編を書きます。』
少なくとも十巻までの間に二作品がこう結ばれていました。


つげさんのまじめな性格が良く出ていると思います。それらの二作品は決してつまらない作品ではありませんでした。利益の出にくい漫画と版元が判断したのでしょうね。当時のつげさんのファンも、さぞかし残念だったことでしょう。お客様は神様です。

つげ義春全集を読む・東京出身はアドバンテージ足り得なかったのか?

つげ義春大全 第一巻 白面夜叉 涙の仇討 (KCデラックス) [ つげ 義春 ]
つげ義春大全 第一巻 白面夜叉 涙の仇討 (KCデラックス) [ つげ 義春 ]
講談社の『つげ義春』大全ですが今のところ20巻まで発行されているらしいですが、今後も続巻が出るらしく、つげさんの若い頃からの作品をほとんど網羅させるつもりなのか、最初の10巻はすべて貸本時代の作品ばかりです。

いま、初期作品を5作ほど読んだところです。天才つげさんらしく、この時代の若手作家の中ではうまいと思うのですがボクはちょっと食傷気味です。
つげさんの評論本とか貸本漫画時代の解説本なんかで、つげさんの初期作品としてタイトルと内容だけは紹介されているような作品が実際に読めると喜んだのですが同じ傾向の作品が続くとそういう気になります。

今から読むのがイヨマンテ(熊祭り)と言う作品です。さすがつげさん。デビュー間もなくから、人種問題、差別問題についての異色作品かと思いきや、本人の解説を先に読みますと、つげさんは、この作品について全く記憶がないそうです。
貸本時代と言うのは金を稼ぐこと、生活のために描くことが大事で、出版社にボツにされると金にならず生活ができないから、とにかく売れるもの、話題のもの、新聞などから事件や話題を仕入れて盲目的にそれらを題材に漫画に仕立て直していたということです。

東京出身の漫画家と言うのは本宮先生についてよく言われるように帰る所がそこにあり、出身地東京と言うだけでアドバンテイジに成り得たというのは迷信だったのか。
つげさんの弟さんも漫画家だったらしいけど、ボクは知りませんし、つげさん自身の住まいはメッキ工場の廃液垂れ流しの目黒川沿いのくさいアパートで漫画を描いてたというし、なかなか目が出ず苦労したみたいですね。今の目黒川と言うと桜の名所で芸能人の住まいが多く若い人のたまり場みたいなイメージですが。
脱線するけど、豊洲も今の高級マンションが林立し、上級国民たちの世界みたいな雰囲気からかけ離れた時代を年寄りから聞いたことがあります。これも昭和30代に岡山から豊洲に嫁いだ老婦人の話。

その人は何十年ぶりかに小学校の同窓会に岡山に戻り、再び東京行ののぞみで岡山からボクの隣の席になりました。自分が嫁いだころの豊洲は雨が降ると泥水で水浸し。これなら岡山の農村の方がはるかにましと泣いて暮らしたが、開発が進み、マンションが建ち、自宅も地価が上がり、自分もやっとセレブの仲間入りできたと言って自分の現在の住まいの付近の写真を見せてくれました。

その写真を同窓会でみんなに見せてさんざん羨ましがられたと、とても嬉しそうに話してくれました。しかし、ほんとの自分は今でも岡山の田舎者という本音が滲み出るような表情をして寂しそうに挨拶をして東京駅のホームで別れました。


すみません。また、まとまらなくなった。

親友の漫画家への手紙・水木しげるのプレデビュー作『赤電話』

水木しげるのプレデビュー作『赤電話』について
貸本漫画集(4)恐怖の遊星魔人 他 (水木しげる漫画大全集)
水木 しげる
講談社コミッククリエイト
2015-05-01

元々、別の作家が描いていた100ページ以上の貸本漫画の後半40ページを作者が投げ出したので引き継いで完成させたものらしいです。元の作者を引き継いだと言っても、打ち合わせなく引き継いだのでストーリーは完結していますがタイトルとなった赤電話と内容の関連は全くありません。

野球の試合に例えるなら先発投手が打ち込まれて自滅した後、リリーフ投手が救援に立って何とか勝ちを拾った試合みたいなイメージです。先発投手は先に貸本漫画作家としてデビューしていたらしいですが、明らかにリリーフ投手の水木さんの方が技量は上です。

ストーリーは他愛のないものです。鉄人28号とか月光仮面に見られるパターンです。悪の組織と戦う少年探偵と刑事の兄が殺人事件を解決し、悪の組織の世界征服の野望を粉砕するというものです。
前半が謎の殺人事件で始まります。少年探偵が登場しストーリーが始まりますが、中盤、展開が進まなくなり先発投手も作者も続ける気を喪失してしまった感があります。

後半で俄然、絵がきれいになります。前半は、人物の走る姿や格闘シーンがめちゃくちゃです。極端に言うと、右手と右足が一緒に前に、左手と左足がそろって後ろにという。困難で絶対走れないという絵です。アマチュアっぽいタッチが見られます。主人公の顔が右向きと左向きで別人に見えるくらい下手です。

ここから水木さんがリリーフしたなと明らかにわかるページがあります。まあ、けなすばかりでなくそういうことが分かって楽しみながら読んでいるんですけどね。

同時に小林よしのりのゴーマニズム宣言コロナウィルス編を買ってしまいました。また、こっちの感想も書きます。

親友の漫画家への手紙『水木しげるロケットマン』

貸本漫画集(1)ロケットマン他 (水木しげる漫画大全集)
水木 しげる
講談社コミッククリエイト
2013-09-03


水木しげるのデビュー作『ロケットマン』とプレデビュー作『赤電話』についての感想がなかなか打てなくてすみません。

ロケットマンは単なるスーパーマンの亜流かと思ったら、全然そうではなくて、政権を狙う悪の科学者ドライ博士によってロケットで宇宙に飛ばされ、宇宙生物に体を侵食され体がクラゲの怪物のようになってしまった正義の科学者ウェット博士が、ロケットマンに変身した息子とともに悪を駆逐し、やがて体も元通りにする薬を発見するというストーリーです。

ストーリーは昭和31年頃にしては斬新だったと思います。今読んでも、定着した戦記物、妖怪物の水木漫画より面白いと感じました。
絵がうまい。明るい。どのコマもアングルがきれいです。片腕の人がよくこんな上手な絵が描けたものだと感心します。

同時代の漫画はつげさんと横山光輝さんの持っているけど、水木さんの方が数段うまいと思う。これをデビュー作として貸本の世界に入っていくけど、なかなか本が売れず、とても貧乏したようですね。

漫画でも小説でも作家がデビューした頃、もしくはキャリアが浅い頃の作品がベテランになってから発表されたものより、ずっと面白いのはなぜでしょうか?不思議ですね。若い時の方が勢いがあるからかな?それともしめきりとか、編集者との関係が影響するのかな。

小説は一人の作家をデビュー作からずっと通して読んだことがあまりないのですが、例えば三島由紀夫なんかだったら、若い時に発表されたものがいいですね。潮騒、剣、憂国、仮面の告白、青の時代、美徳のよろめき、鏡子の家、宴の後、美しい星などが圧倒的に面白いです。金閣寺以降の長編はボクはどうも苦手です。
豊饒の海なんかは読んで損した感が強い。

脱線してしまいました。水木さんのロケットマンと赤電話の感想について、また書きます。また聞いてください。

無給医のニュースで気の毒な医師夫婦を思い出した


【以下はネットニュースからのコピー】
無給医。有給ポストが限られるため、教育を受ける身として研鑽中のためと、様々な背景により存在しています。(NHKニュースでも「大学病院の“無給医”“ただ働き”の実態」として放送)。


☆        ☆
医業界にこんなバカな風習があるから医は算術みたいな愚か者が医者の中にいるのだ。

ボクが銀行で病院担当をしていた頃の話だ。開業医の性格の悪い夫婦の医師がいた。男の方はボーッとして診療技術の方も?と患者間でうわさされていた。女の方は金に汚く他人を見下すようなところがあった。この女の頭には一種カースト制度のような発想があり、製薬会社のセールスマンが最も下にいて、次が銀行や出入りの営業マン、その上がお客さん(患者の事。この女は陰で本当にそう呼んでいた。)、最上位が医師であった。

医者がこの女の発想する身分制度の頂点なのだが、その中にもランクがあったようだ。理由は不明だが歯科医が底辺で、その上が美容整形外科、外科、内科の順番で身分が高いらしい。ちなみにこの夫婦は呼吸器内科だった。その割には二人とも酸欠状態の金魚みたくいつもアップアップしていた。精神的に余裕がなく、いつも身分の低いボクらを罵倒していた。

通帳を見るのが楽しみでボクを足代わりに呼びつけては診療報酬の振込入金される口座の通帳の記帳をさせた。
診療報酬を「水揚げ」と呼び、現金収入を「日銭」、患者を「お客さん」、ボクらを「銀行屋」と、蔑んだ。その病院で知り合った製薬会社の営業マンが嘆いていた言葉を思い出す。

「院長が電話ですぐ来いというから10時に来たのに診察中と待たされ、昼休みだ昼寝だと延ばし伸ばしにされ、夫人に抗議したら『うっとおしい!』と怒鳴られて会社に担当者を変えろと電話されました。」

ボクも同じ目にあわされたことがあった。理由は言葉遣いが悪いというものだった。女医を「奥さん」と読んだら「女医先生」と呼べと言われた。

夫婦のきげんの良い時には結構話し込んだりしたが、自分たちの苦労話と自慢話ばかりであった。その話の中で「僕たちは人生の前半で仕事の対価に見合う報酬を得てないのでこれからは金儲けをしたい。」という発言があった。


先日その病院のあった町に行ったが病院は跡形もなく消えていた。広大な病院の跡地はコンビニと駐車場に変わっていた。コンビニに入って店員さんに病院の事を訊ねたら「潰れましたよ。」と教えてくれた。気の毒な医者夫婦ではある。
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