紅白歌手「純烈」で一番ケンカが強いのは誰だろう?



一番強いのは白川裕二郎さんだ。
神奈川の高校柔道チャンピオンであり、若い頃朝日山部屋で
序二段まで行った力士であったことから
間違いなく、強い。
今も鍛え続けている。

リーダーの酒井一圭さんが5年間、プロレスMUSCLEに参加していた縁で三十歳の後半で
リングに上がったことがある。その時、ビッグ・パンダの着ぐるみを着たレスラーに対して
「ヒップアタック」を放ったことがある。ヒップアタックがプロレス技として効くのかと言うと、

効く!

古くはサンダー杉山の垂直型のヒップアタック。ちょっと前では、越中史郎の水平型の
フライングヒップアタックが有名だ。

裕二郎さんのは、越中史郎選手のに似ている。越中はガチンコレスラーだ。
異種格闘技戦で空手家をノックアウトした時もヒップアタックを使った。

その技を使った白川選手は只者ではない。彼の体幹の良さと格闘技センスを
物語るエピソードだ。


それから、ファンクラブのマダムが白川さんに尋ねたことがある。
ステージで「スターライト札幌」を歌った時だ。

「白川さん。もう廻し蹴りは、しないの?」

何のことかと言うと、この「スターライト札幌」という曲の終わりに歌い終えた裕二郎さんが
「バック・スピン・キック」をすることがあるのだ。
これは非常に難度の高い技で、小林邦明、佐山サトル(初代タイガーマスク)の得意技である。
身長が1メートル80センチ以上の日本人でこの技を綺麗に決めることができるのは、
破壊王故橋本真也選手と白川裕二郎だけだ。

さすがに廻し蹴りと言う言い方は古いが、バックスピンキック一つをとっても、彼が喧嘩に
強いという証と言えよう。


歌手だからね、別に喧嘩が弱くてもいいんだけどね。

恐怖の足四の字固め


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子供の頃、テレビでプロレスを見ていて殴る、蹴る、サバ折り、チョップに飽きてきた頃に初めて見たキーロック、回転エビ固め、足四の字固めが実に新鮮だった。

キーロックの掛け方は、例によって兄貴が熱狂的プロレスファンである二郎ちゃんに教えてもらった。痛かった。長くかけられると手が白くなると言うのは本当だった。

回転エビ固めは吉村道明という選手の十八番だった。これも二郎ちゃんにかけてもらったが、痛くもなんともないのに一瞬にして天地がひっくり返ると言う不思議な技だった。


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足四の字も二郎ちゃん直伝の技だった。かけてもらったところ予想以上に痛かった。「今度はお前がかけてみろ」と彼が言うので教えてもらいながらかけると涼しい顔で「いいか。今から返すからな。」と言って体をごろりと回して二郎ちゃんは腹ばいになった。

かけているボクの足に痛みが走った。痛い痛いとタップすると技を解いて二郎ちゃんは「足四の字固めはひっくり返すとかけた方の足が痛いからな。」と得意顔で説明した。



だから60年経ってもボクの頭には二郎ちゃん=「恐怖の足四の字固め」のイメージが染みついている。
けど、後年二郎ちゃんの兄さんが定年退職してボクの家の隣に越して来て、昔話をしていると、

「二郎のプロレスの知識は全部私が教えたもの。よく試しに技をかけてやったら泣いていた。」

と懐かしがっていた。。

純烈リーダー酒井一圭さんの事件<見えない脅迫者と闘う恐怖>


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船橋の65歳の婆さんが9月16日までに脅迫の容疑で警視庁に逮捕された。
捕まってみれば、さえない婆さんが亭主もいるのに色ボケして酒井さん憎しの一念で脅迫を繰り返していたと言うお粗末。
あとから事件の内容と犯人の顔を見れば怖くもなんともない。

けれど、酒井さんにしてみれば最初はいきなり暗い夜道で後ろからナイフで刺されたみたいなもんである。相手の正体が分からないだけにものすごい恐怖だったと思う。家族もいるだけに不安と恐怖の時間はずいぶんと長かったに違いない。現にご家族は引っ越ししたと言うから被害は精神的なものだけではない。
 
この犯人、どうやって責任を取るのか知らないけれど孫がいてもおかしくないような婆さんが自分の息子のような酒井君を強迫して全く愚かな行為をしたものだ。






前田光世( コンデ・コマ )








前田光世( コンデ・コマ )の時代と言うと明治30年代。この偉大な柔道家が海外に雄飛を決意した頃の事である。総試合数は二千。道着を着た試合では無敗と言われている。主に海外での他流試合と言う事なので本当に強かったのだろう。

前田光世( コンデ・コマ )が渡米するにあたって先輩の富田常次郎と同行している。富田は嘉納の書生からスタートした講道館創成期からの弟子で初めて段位を授けられた人。講道館四天王の一人。文句なく強かったに違いないが渡米の頃にはピークの年齢を過ぎていたらしく対外試合で敗戦している。

余談ながらこの人の息子が、講道館四天王の一人西郷四朗をモデルにして「姿三四郎」を書いた富田常雄。
姿三四郎
月形竜之介
2015-04-22


さて、富田の敗戦であるが、一行は柔道の普及を目的にアメリカを皮切りに欧州と南米にも回ることになるのであるが、その初戦で講道館柔道が敗北することは許されない。前田は富田を負かした相手と再戦し、きちんと借りを返している。

この後、前田はヨーロッパ、南米を回り、ブラジルでグレーシー一族に柔術を教え、アマゾンの開拓の途中に腎臓を病んで生涯を終える。柔術、柔道にその身を捧げた生涯であった。


柔道の歴史 嘉納治五郎の生涯 4 ~怒濤編~
作麻 正明
グループ・ゼロ
2013-05-31





組閣


与党の新総裁が組閣の人事を始めていると言う。
年寄りが年寄りの悪口を言うのもなんだが、一度、疑惑を持たれた人、不祥事件に関与した人、悪い噂のある人は閣僚にしないでもらいたい。
そもそもそういう人を国会議員にしないでいただきたいのだが、地元支持者の気持としては見捨てることはできないのだろう。
わいろを有権者にばら撒いて有罪判決を受けた愚かな元代議士夫婦がいたけど、あれよりもっともっと悪いのが他にもいるような気がしてならない。

妹の破綻

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ちょっとこの子は頭が悪いのかなと小さい時から義妹については、たびたび思うことがあった。

妹が妊娠して中卒の未成年の板前と結婚することになり、結婚式だが生き別れになっていたと言う新郎の母親一人だけ探し出して挙式の後、親族の挨拶と言うのをやったが、その時点で板前の母は酔っぱらってろれつが回らない。変な結婚式だなあと親せき中が思った事だろう。

泥酔母の横に年配の男性がいたから、

 「新郎くんのお父さんですか?」

と尋ねたら、

「私は頼まれて来ただけです。」

と言う。
よくよく聞いてみると、場末のスナックのママ(というより婆と言う方が合っているが。)をしている泥酔母、夫つまり板前の父なんか、とっくに離婚していて生死も知らない。よって、スナックの常連のオッサンに頼んで結婚式に嘘でいいから父親のふりして出席したらただ酒飲ませてやるからと言って呼ばれたという。
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それから、披露宴で新婦が両親に送る感謝の言葉と言うやつ。何日も前から準備しとけと言ったのに当日になって何も書いていないと言うバカさ加減。
小中学校もまともに行っていない、九々も出来ない。漢字も知らない。そういうやつに感謝の言葉の作文なんかかけるわけがない。

あろうことか、挙式の前にボクに書いてくれと親せきの人が頼みに来る。なんで俺?関係ないのに。
仕方ないから、子供の時のエピソードを2、3訊ねて、どうにか、それらしいのを書き終えて親せきの人に渡した。
本当は書かない方がよかったと後悔しながら。

披露宴の時に司会の女性がそれを読み上げた。気分が乗るような音楽とともに。

ふと、新婦の両親を見ると二人とも涙ぐんでいる。
帰りに父親の方が、

 「出来の悪い娘だったが本当は、両親の事をあんなにも思ってくれたいたんだなあ。」

と言ってまた泣く。
 (そんなわけないだろ。あれ、俺の作文だし。あんたたち両親は育児放棄、躾放棄の馬鹿親だ。
  考えてみろ。あんたたちみたいなバカの子が教育されてないのにお父さんお母さん、これまで
  育ててくれてありがとうなどと、普通の子みたいなセリフが言えるもんか。)

この娘にしてこの親あり。馬鹿親の子は馬鹿。鳶は決して鷹を生まない。


新郎の方も似たようなもんで母親は泥酔。騒いでいる唯のアル中婆さん。
披露宴でカラオケが始まった時だけ、条件反射の如く意識が戻ったのか来賓そっちのけで、

「歌わせろ!」と絶叫している。

新郎はさぞかし恥かしい事だろうとみると、未成年じゃないのかビールや酒やら、友人に勧められぐいぐいいってる。
その友人と言うのがどこの暴走族かと思うような輩。成人式で徒党を組んで暴れるヤンキーたち、まさにあの風情だ。
友人代表であいさつしたバカの祝辞も泣ける。

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「ぼ、ぼくは傷害事件で少年院に10か月行っていましたが、帰って来た時にはこんなきれいな人と結婚すると言うのを知って、ち、畜生うまいことやりやがったなあと、切歯扼腕しました。」

(暴走族とか、ヤンキーは漢字の変換が好きだと聞いていたが、ヤンキーの友人代表として世間の人に舐められないように精一杯頑張って漢和辞典かなんか引いたのだと思うと哀れだ。それにしても、披露宴に似つかわしくない切歯扼腕。せっしやくわん。あんたは何を身悶えして悲しんでいるのか?)



こんなひどい育ちの悪い男と結婚してうまくやっていけるのかと心配していたら、妹の住宅ローン不払い、旦那の不倫、前科、妹の闇金問題なんかあって案の定、早々に離婚した。

離婚したこの夫婦、子供は3人作っていた。


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離婚当時、妹名義の住宅ローンは延滞し、生活苦で闇金に手を出した妹は親兄弟親戚中の人々の住所、連絡先、勤務先を闇金に告げていた。
知能が低いので問われるままにすべて語ったと言う。

そのせいで闇金はしょっちゅうボクの勤務先に電話してきた。
ボクはある手を思いついて闇金に一泡ふかしてやろうと思った。
それは功を奏したのと、後に東京地検がこの闇金グループを逮捕してスイス銀行に預金してあった被害者の金を確保した。

それで事件は収まった。


けど、義妹の馬鹿はこんなもんでは収まらない。次々事件を引き起こし、周りを振り回していく。
親せき中に迷惑かけて、本人も親も知らん顔している。
何が原因でそうなったのか?どうしたら防げたのか?周りはどうすべか?

本当の事は記録して二度と起こさないようにしたい。義妹の子や孫にも真実を伝えたい。
一度の人生を破綻させてはいけない。

荒木一郎さんのエピソード ②< 君に捧げるほろ苦いブルース >


君に捧げるほろ苦いブルース

これは荒木さんの「まわり舞台の上で」に書かれていたエピソードで描くのを辞めようかと思ったくらい詰まらない話。

アリスのファンが荒木一郎さんの所に電話をかけてきたと言う。抗議の電話だと言う。

 

「あなたはアリスの『帰らざる日々』の歌詞とメロディーの一部を盗作しましたね?」と言う。

「へっ?」

荒木さん、何のことか分からない。まったく身に覚えがない。

わけわからない状態でいると、アリスのファンのクレイマーは、荒木さんの『君に捧げるほろ苦いブルース』の歌詞とメロディーがアリスの『帰らざる日々』にそっくりだと言う。

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荒木さんは変だなあと思う。

そもそも荒木さんの楽曲はアメリカのモダンジャズのイメージを切り取ったような感じの曲がほとんどで日本の歌手や楽曲から影響されたことはない。

 

昨今はミュージシャンどうしでinspireされたとかいうのが大はやりだけど、そういう影響とか感化されたこともないので全く分からない。

 

「別に真似して作ったわけでもないけど、そんなに言うなら、制作番号とかさ調べてみたら。」

と言ったらアリスファンのクレイマーは大人しくなって電話を切った。

 

 

ボクも気になって制作年月日を調べたらリリースされた日が分かった。

荒木一郎さんの『君に捧げるほろ苦いブルース』1975/9/1

アリスの『帰らざる日々』1976/4/5

ミッドナイト・ブルース

両方の曲を聴いてみた。

盗作とか、パクったとか、第三者が言うほどの事はない。

 

逆にファンを装って一方のミュージシャンに電話して抗議をする方がおかしい。

贔屓の引き倒しでアリスにだって失礼な話だ。

 

第一、七ヶ月も後からリリースされた楽曲をどうやったら盗作できるのか?

 

どちらのファンかどうかそんなことは置いといて視聴した人が、

「アリスの『帰らざる日々』って、去年リリースされた荒木一郎の『君に捧げるほろ苦いブルース』にちょっと似てるよね。」

「あっそういえばそうだね、」

というのなら理解できる。

 

こんなクレーマーは願い下げだ。ファンを名乗って欲しくない。

 


荒木一郎 3大 エピソード ①いとしのマックス


いとしのマックス

 

 

荒木さんは秋田いぬを飼っていた。名前をマックと言う。個人的にバンドも持っていた。高校時代から始めたモダンジャズのバンドを進化させ、その後メンバーの交替もあったがデビューさせるところまでは実力がつかない。

荒木さんは俳優として高校生の時から稼いでいたのでバンドの資金は荒木さんのテレビドラマのギャラなどでまかなっていたらしい。

 

一方、東海ラジオだかのDJ番組が大人気で其のテーマ曲をシングルでレコードにしたら60万枚の大ヒット。紅白歌合戦にも出る。「空に星があるように」がそれだ。

いとしのマックス

 

ビクターレコードから誘われ次の企画が始まる。

自宅で自分のバンドのメンバーを集めて練習していたら曲のさびのところで愛犬マックがかならず吠える。

うるさいマック!

叱りつけてもう一度演奏し、歌い始める。さびでまた愛犬が吠える。

うるさいマック!

そのままデモテープを聞いたビクターのディレクターが、荒木さん、「マック!マック!」って叫んでるけど、タイトルは「いとしのマック」じゃゴロが悪いから「いとしのマックス」にしてしまいましょう、と決めてしまった。

ディレクターは荒木さんが歌うんでしょと言う。

 

この辺に意思の疎通の齟齬があって荒木さんはバンドの為に作って彼らのデビュー曲にしたかった。ビクターのディレクターは廊下に土下座してお願いする。荒木さんが歌うとまたミリオン狙いとなるからどうしてもと。

無名のバンドが歌っても金にはならない。

 

「いやだよ。なんで俺が『ゴー!』なんて歌うんだよ。こいつらの曲なんだ。」

ディレクターは泣き落としでとうとう荒木さんは自分で歌うことを了承する。

ゴーの部分を荒木さんが虚無的に、脱力して歌っているように聞こえるのもそのせいか。

吉田正自撰77曲(上)

でビクターのレコーディングが始まると、ビクター専属の大作曲家吉田正門下の楽隊のチームがいて愛しのマックスがタンゴ調歌謡曲になってしまう。

怒って荒木さん一度だけ録音して一発でOK出して弦楽チームもアレンジャーもお疲れさんと言って全員返してしまう。

 

後はリズム隊と自分のバンドのメンバーと荒木さんで録音したのが「いとしのマックス」。

 

簡単な曲と思っている人が多いけど荒木さんの曲の特集をやったミュージシャンが、荒木さんはあんなに難しい歌をあんなに易しく歌っているのかとびっくりしたと言う。

 

そのはずで元々荒木さんは英語で歌詞をつけて原曲を作った。あとから日本語に変えようとするとシンコペーションが強すぎて替えられない。

曲に会う日本語がない。

「桑田佳祐スペシャル」

桑田佳祐さんの歌い方は日本語を英語の様に歌っているけれどあれもシンコペーションの問題で、元々は英語で構成されたんだろうと荒木さんは言っています。あといとしのマックスを聞いた時大橋巨泉さんが日本で初めてminor7の曲を荒木が作ったと語っただとか、この辺は音楽にド素人のボクには辛いのでカットします。

 

ジャズ・ヴォーカル名盤100 (講談社プラスアルファ文庫)

そういう話が延々と出てきます。

次はチンペイが荒木さんの楽曲を盗作した話か、

恋人の大女優の話です。

谷村新司 ベスト

大原麗子メモリー ずっと好きでいて

親友の漫画家からの最後のメール 

昔、一人の中学生がギャグ漫画家に弟子入りするために家出同然でスーツケースに石ノ森先生のマンガ家入門を忍ばせて上京しました。その漫画家の先生は最低でも高校を卒業してから出直して来なさいと言いました。高校卒業後、彼は親を安心させるために大学に入学して授業はたまに出て下宿で漫画ばかり描いていました。そんな時ボクは彼と出会いました。付き合いは50年以上になりますが彼は今春亡くなりました。まだボクは気持ちの整理がついていませんが彼が送って来た最後のメールを読み返しています

 

石ノ森章太郎のマンガ家入門 (秋田文庫)

昨年末は大晦日まで入院していました。新規の抗癌剤治療に対応するための一泊の処置入院の予定が、私の体調の悪化で、一週間も延びてしまったのです。
体調は最悪です。あ、もうダメかも…と思うことが度々になってきました。こうやって人は死を迎えるんだなぁ…などとぼんやり考えます。


病状について医者からは説明されていません。普通なら「延命処置に移行しますか?」なんて訊かれる頃なのでは…と思うのですが。さて、私の命はあとどのくらい持つのでしょうか?
明日からは入院してまた新しい抗癌剤治療です。まだ助かる可能性があるのかな? そうとは思えませんが、信じるしかありません。私のために頑張ってくれている人達がいるのに、私が諦めてはいけないと…。
支えてくれている人達には本当に感謝しかありません。その気持ちに少しでも応えられるように、まだまだ諦めずに踏ん張ります。


それにしても痛いです。モルヒネが効かなくなっています。1ヶ月前の6倍の量を飲んでいるのに、最早その量では苦痛を抑え切れません。


もうダメかな…。そんな言葉が何度も頭を過りました。本能みたいなものでしょうか。
もう少しで返メも打てなくなるような気がします。メールを読むこともできなくなると…。
もちろん自分としては回復を願っています。「ごめん。死に損なっちゃった」というメールが打てることを心底願っています。
でも、ここで何らかのメッセージを残しておかないと、このままお別れになってしまうかも…という不安があるのです。ごめんなさい。そうなることは嫌です。あまりにも不義理でしょう。
だから、区切りとしての私なりのお礼の言葉を御大に残しておきます。


御大、ずっとありがとう。
一緒に長生きの約束は果たせませんでした。申し訳ありません。


これからも御大節を聴かせて欲しいです。スピリッツを全国津々浦々に届けたいですね。


快復すれば、このメールは笑い話。うん、そうなるように努めます。

荒木一郎の世界⑨ <生前の松田優作と最後に、、、>

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『まわり舞台の上で』は第七章で松田優作さんについて述べている。

 

死んじゃう少し前、最後に会ったのが下北沢

荒木さんはキャデラックを運転していた

路地に入ったところでタクシーと遭遇した

タクシーの運転手が下手で対向できずもたもたしている

短気な荒木さんは「バカヤロー‼」と怒鳴る

 

タクシーの後部座席から

「荒木さん荒木さん!」と声がかかる

「優作です。優作です!」

 

 

YOKOHAMA HONKY TONK BLUES

なんとなくは分かるんだけど優作は俺の事を多分、好きでいてくれたんだと思う。

どんな時でも会うと、もうほんとに「荒木さん!」って走って来るんだよね。そういうのが、すごく印象があるよ。

 

荒木一郎さんにも松田優作さんにもアウトロー的な演技に魅力を感じるファンは多いと思う。松田優作さんは生前、芸能界の先輩で自分と同じような匂いのする俳優の荒木一郎さんに憧れていたようだ。

会うと必ず笑顔で「荒木さん!」と言って駆け寄ってくる。

 

寡黙で男らしさを売りにしていた俳優松田優作も、本当は心の中でアニキのような荒木一郎さんの優しさに憧れていたのだろう。

今夜は踊ろう