<聖職者?それとも下衆?>出入り業者に賄賂を要求する幼稚園や保育園
ボクがまだ銀行に勤めていた頃の話だ。担当していた顧客に、幼稚園や保育所に商品を入れている中小企業の社長がいた。永年の取引先で会社の業況は楽ではないが、いつも全力投球の社長の人となりに好感を抱いていた。
中小企業と言ってもほとんど零細個人事業主と言ったほうが当たっている。毎月、幼稚園や保育所に相当数の商品を搬入していたから、園長や保育事業者が主販先の御得意様と言う事になる。
「優しい保母さんや園長先生に大事にされながら、永年メイン取り引きの許された業者であり続けていられるのは、社長の温厚で紳士的な態度の賜物なんでしょうね」とボクが言うと、その社長は顔をこわばらせ目を真っ赤にして否定した。
園長や保母達が慈愛に満ちた聖職者のごとき表情を見せるのは、子ども達や父兄に対してだけだ。われわれのことは業者と呼び、保育事業を飯の種にするさもしい連中と蔑んでいると吐き捨てた。
まさかそんな事はないでしょうとボクが言うと社長は前期決算書の営業外損失を指した。その欄は摘要が空白で特別損失の原因が未記入であった。金額欄は、驚くほど多額の数字が書き込まれていた。
「これが何だか分かるか?」
社長は苦しそうに声を絞り出した。
「市内の幼稚園や保育所に支払った裏金の合計だ。あいつらは聖職者の顔をして私の会社と取り引きをする交換条件に賄賂やリベートとして、はっきりと現金を要求してきた。一回金を渡すと味をしめて、何回も何回も金を出せと言って来た。」
ボクは唖然とした。本当にそんな事があるのだろうか? しかし、社長の話は真に迫っていた。とても作り話とは思えない。
聖職者を顔をするのは子どもと父兄の前だけで、裏では出入りの零細企業から裏金を要求する。幼稚園や保育園といってもビジネスであることを考えれば、良い顔をするのは「お客の前」だけなのは当然かもしれない。
それでも、幼稚園の先生や保育園の保母さんたちが、現金の賄賂を公然と要求していたという話は、たとえ社長の周辺にいた人たちだけだとしても、恐ろしい話だ。
リベートを渡すのを拒否すれば幼稚園、保育所から閉め出され倒産する。要求されるままに金を渡し続ければ、債務超過が悪性腫瘍のように進行してやがては倒産と言う死に至る。社長と会社の生き残る方法はないのか。ボクは担当者として友人として切歯扼腕たる思いだった。
その後、ボクは人事異動で他支店へと転勤になったため、心配になりながらも、その社長との縁も切れた。
数年後、ボクが再びその町に立ち寄った時、社長の会社を訪ねてみた。その会社は姿を消していた。そこには高齢者介護施設用の立派なビルが建っていた。「あの会社は倒産したか」とボクは感慨に耽ってしまった。
その時、ふと一台の黒塗り高級車がゆっくりと近づいて来てボクの前で止まった。車の後部座席の窓があき、ボクは名前を呼ばれた。そこにはあの社長が満面の笑みを浮かべこちらを見ていた。
聞けば、あの後、商品納入業者を廃業し、高齢者福祉施設を立ち上げて地域の人達に感謝されながら、介護事業に励んでいるのだという。
そして、商品納入業者からは決してリベートを取らない事にしていると元社長は胸を張って言った。