2021年05月

親友の漫画家とつげ義春談義


>つげさんの貸本時代の漫画が雑誌より面白い。
>やはり自由に作品を作れたことが好影響を及ぼしたと思う。
そういう評価は多いですよね。読み物としてのクオリティーは高い…と。

>その貸本作品何篇かの盗作疑惑がある。ストーリーや描き方などを他の作品から模倣しているというものです。
確かに。

>戦後の貸本漫画ブームの数年間は作家が不足して盗作模倣パクリは当たり前に横行していたらしいです。でも貧乏な貸本作家たちは最低でも一か月に一冊の漫画制作のノルマを果たさなければ生活が立ち行かなかったらしい。て゛、上記の階段のシーンを盗作と言うのは正しくないと思う。
ふむふむ…。

>これを盗作模倣と言うなら漫画、アニメ、小説、映画、TVドラマは殆どパクリばかりと言う理屈になる。
なるほど。パッチワーク的作品だと。エンタメとしては正義(?)ですよね。昔はおおらかだったし。

>一方、つげさん本人は「生活のためにこども向けの玩具を作る様にして漫画を描いていた。」とも語っているし、一方で、「とにもかくにも読まれなければ(売れなければ)読者には喜ばれない。」と語っている。大白土の名作「忍者武芸帳・影丸伝」に似せて「忍者秘帖」を描いたのも家族の生活を支えるためと言うふうに言う。
大事なことです。そこ一番。まず生活。そこでの作品がエチュードになる。

>もう一つ、金のかかる若い女性と同棲した時、雑誌に「忍者くん」という大白土三平の「サスケ」のキャラクターとうり二つの主人公の登場する野球漫画を描いたがやめたくて仕方なかったらしい。完全に生活に追われて描いた作品らしい。
>ボクは面白かったけど。
ははは。そういうのまであるんですか。つげ漫画あなどれませんね。

>蛇足ながら、大手塚治虫の「漫画家は漫画から漫画を学んではいけない。」と言う言葉は、単に盗作はだめといっているのではなく、「あれ、どこかで見たな。」と読者に思われるような漫画はやがて淘汰されるよと言う意味だろう。
うんうん。そこですね。さすが御大。

つげ先生の母上






つげ先生のデビュー作は「百面夜叉」で昭和30年の事である。
小学校を出てすぐメッキ工場で働いていた。
昭和28、9年頃か。
メッキの工員は殆ど肺を病んで死んで行くのでそれが嫌で嫌で、
何とか逃げ出して二回も密航を企てている。

母上は、

「ばかやろう。漫画なんかで食えるか。」

等とつげさんに言うほどひどい女性だったらしい。

ところが、晩年認知症を患い、粗野で暴力的なご自身の生来の性格を失念され
優しいおばあちゃんに変貌したとつげさんは言う。

本当は優しい女性だったのかもしれない。
ボクがいらんでええこと言う権利はない。

つげ義春さんの密航未遂

大場電気鍍金工業所/やもり つげ義春コレクション (ちくま文庫) [ つげ義春 ]

つげさんは小学校を卒業するとメッキ工場で働きだしたが、その仕事が嫌で嫌で、そこから逃れたい一心で横浜港に行き、日産汽船の1万トン船日啓丸に潜り込んだ。密航を企てた。東回りニューヨーク行の日啓丸が横浜から出港して四時間後、野島岬を通過し太平洋へ出たところで甲板員に見つかった。

余程叱られると覚悟していたが船員はみな優しく親切にしてくれた。ケーキの差入や昼食をごちそうしてくれて風呂にも入らせてくれた。

数時間経過して観音崎付近で海上保安庁の巡視艇に身柄を引き渡された。
巡視艇から日啓丸を振り返ると、甲板に船員がずらりと並び、少年のつげさんに手を振った。
別れの汽笛が脳天を打ちのめすように鳴らされた。


ボクはつげさんの回想記を読んでいて涙が出そうになった。
汽笛が聞こえてくるようだった。
少年のつげさんの心情を知ろうとしても深く複雑で分からない。
同情なんか恐れ多くてできない。
ただ圧倒されて悲しくなった。

つげ義春さんと、つげ忠雄さん

昭和まぼろし 忘れがたきヤツたち (1) (MeDu COMICS)
つげ忠男
ジーオーティー
2020-06-30




つげ義春さんは弟さんの忠雄さんが描いて来た原稿をもらったことがあるそうです。
半分はペン入れがしてあり、半分は鉛筆で下書きがしてあった。
ストーリーをそのままで後半を自分で鉛筆の上からペンを入れ、そのまま自分の名前で発表した。
原稿料を忠雄さんに払ってもいない。
絵は暗いが内容は素晴らしかった。
本当は弟のデビュー作だったはずなのに自分が奪ってしまったと後悔している。

つげさんがその内容が素晴らしいと絶賛したほどのストーリーはどんなものだったのだろう。
ボクはあらためて、つげ忠雄さんの作品として読み直してみたいと思う。

と同時に義春さんと忠雄さんの兄弟愛を感じずにはいられない。
ボクなら兄にこういうことをされたら黙っていないと思う。

それを許した忠雄さんと後に謝罪して弟の才能を認めた義春さん。
素晴らしい兄弟だと思う。

つげ忠男昭和選集1~きなこ屋のばあさん~
つげ 忠男
グループ・ゼロ
2018-11-01


つげ義春さんから見た水木しげるさん

新版 貧困旅行記(新潮文庫)
つげ義春
新潮社
2017-04-28





水木さんの助手をして日当で生活をしていた頃、つげさんが寿司屋で昼食をとっていたら、偶然そこへ予約の折詰を受取りに水木さんがやって来た。
ひどい貧乏生活をしていたつげさんは何か身分不相応で悪いことをしているのを見つかったような気がした。
慌てふためいてその場で棒立ちになって口もきけないでいた。寿司屋の店員が何事かと驚いたほどだったという。
水木さんはというと、チラッとつげさんを見てにこりと微笑んだだけで出て行った。
食事を終えて水木邸へ仕事をするために戻って来たつげさんを水木さんは、

 「あんたがあんなに驚くもんだから、私は自分が刑事になったような気がしましたよ。」

とユーモアで慰めた。


つげさんはこう振り返る。
「その一件以後、苦労人の水木さんに私はあらためて親近と信頼感をおぼえた。」



つげ義春ワールド

つげ義春 「ガロ」時代 [ 正津勉 ]

つげ義春大全別巻の二の紀行文やエッセイが大変興味深い。ボクは東京の下町を知らない。昭和20年代の田舎で生まれ育ったから、つげさんの文章に綴られた下町の暮らしぶりを読んで驚くばかり。

他の漫画家についても語っている。
手塚先生とは三度会った。いつも丁寧に質問に答えてくれた。
横山さんが「音無しの剣」で登場した時はうまいなあ、とてもかなわないと思った。
水島さんの山の手育ちでインテリぽく明るい家庭に憧れかつ嫉妬した。


辰巳さんは温厚な常識人だったが作品は一番影響され憧れた。
白土さんの模倣をして時代物を描いて生活費を稼いだ。釣りや旅行は氏の影響だった。
水木さんは恩人だというふうなニュアンスで話されている。

水木さんの助手をして生活費を稼ごうと面接に言ったら、こたつの部屋に通され、水木さんはごろりと寝転がって話をされたので自分も気が楽になって同じように寝転がって話をした。

自分が給料をもらいに行くと、後で知ったのだが奥さんが質屋に走ったり、借金に走ってつげさんの給料を渡してくれた。
ガロが原稿料を払えない時は、白土さんが肩代わりして払ってくれた。けど、白土さんも質屋なんかで工面していたらしい。
辰巳さんの出版社でも描いたが、原稿料は辰巳さんが借金してきて払ってくれた。

ぜんぶ当時は知らなかった。あとから聞いたとのこと。

つげさんは感謝や尊敬の念をもって他の人の事を書く。

ボクは読んでいてジーンとした。。