2023年07月

ジャイアント台風3巻~人の道、正義の道を説くプロレス漫画の金字塔!梶原節絶好調‼



ジャイアント馬場 王者の魂 VOL.2 [DVD]










ジャイアント台風第三巻では登場するレスラーがさらに増えて17人。
強いレスラー、うまいレスラー、怪奇派レスラー、人気のあるレスラーいっぱい出てくる。17人もいると列挙するだけで面倒だけど、、、、、。

馬場正平
バディ・ロジャース
ブルーノ・サンマルチノ
ミスターМ
ミスターX
ドクター・ビル・ミラー
力道山
カール・ゴッチ
ザ・シーク
キラー・コワルスキー
ジム・ライト
サニー・マイヤース
パット・オコーナー
エドワード・カーペンティア―
プリモ・カルネラ
スカイ・ハイ・リー

今回明らかに梶原一騎先生の脚色と思われるエピソードが二つあったので検証してみたい。

まず①のバディ・ロジャースである『ジャイアント台風』の中ではロジャースは「チーズ・チャンピオン」として描かれ馬場の挑戦を逃げ回っている卑怯者として描かれる。しかし、馬場さんの著書『たまにはオレもエンタテイナー』の中では実力と人気のあるキングオブキングスとして描かれている。新人時代の馬場さんはロジャースのスター性やかっこよさ、強さにあこがれている。米国修行中の天龍源一郎さんも晩年のロジャースと対戦して掛け値なしで強かったと証言している。



次に②のブルーノ・サンマルチノ
については『ジャイアント台風』の中では若い頃、出世競争を誓い合った親友で宿命のライバルとしている。おそらく梶原さんの漫画を読んで育った記者が後年、直接サンマルチノに質問している。



記者「馬場正平とブルーノ・サンマルチノは若き日にニューヨークでプロレスラーとしての出世競争を誓い合ったのは真実か?」

サンマルチノ「ごめん、よく覚えていない。ただ、馬場は英語が話せなかったので私とはフレンドリーではなかった。誰かと人違いしていないか?」



記者「馬場はアメリカでバディー・ロジャースの試合を見て憧れ、チャンピオンシップを戦って尊敬するに至った。と言う話があるが、馬場と同年代の選手として貴方はバディー・ロジャースをどう評価するか?」

サンマルチノ「馬場がロジャースを崇拝し、そのようなレスラーに成りたいと考えたのは彼の自由で構わない。私はレスラーとしても、チャンピオンとしても、ロジャースのやり方は間違っていると思う。人間的にも好きではない。」

「馬場が誰のファンであろうと私には関係ない。馬場が私をオールジャパンに招聘してくれて以来、彼が私に不誠実であったことは一度もない。彼は世界中で一番信用できるプロモーターであり、信頼できる対戦相手だ。」




やはり、馬場サンマルチノ親友宿命のライバル説は梶原一騎先生の創作だったのかもしれない。しかし、ボクは個人的には素晴らしい創作だと思う。子供のころから、こういうストーリーが大好きでしかたない。


さらに、ついでに興覚めだが記する。馬場さん逝去後、ジャイアント馬場の引退興行で三人の外人レスラーが呼ばれた。ジン・キニスキー、ザ・デストロイヤー、ブルーノ・サンマルチノである。ジン・キニスキーとザ・デストロイヤーは涙ぐんだりこぇを詰まらせたりしていた。しかし、ブルーノ・サンマルチノはまっすぐ正面を見据え弔辞を述べた。それは永年のビジネスパートナーに贈る別れの言葉だった。

サンマルチノ「馬場が私をオールジャパンに招聘してくれて以来、彼が私に不誠実であったことは一度もない。彼は世界中で一番信用できるプロモーターであり、信頼できる対戦相手だった。サンキュー・ババ。」



さらにさらに余談ついでにその後のネイチュアー・ボーイ、バディー・ロジャースの消息について書く。1992年スーパーマーケットで床に落ちていたクリームチーズに足を滑らせ頭部を強打して死亡した。享年71歳。 合掌。





『ジャイアント台風・2』ニューヨーク無冠の帝王・鳥人・アントニオロッカの虚実綯い交ぜを紡ぐ梶原一騎の世界

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第二巻で馬場さんのアメリカプロレス武者修行はいきなり佳境に入る。登場人物も一挙に四人増える。

馬場正平
デューク・ケオムカ
フリッツ・フォン・エリック
アントニオ・ロッカ
力道山
フレッド・ブラッシー
ミスターМ
ロイ・マクラリティ―
スィート・ダディ・シキ
ハード・ボイルド・ハガティ
ドクター・ビル・ミラー
ボボ・ブラジル
アントニオ猪木

この中でボクの好きなレスラーはアントニオ・ロッカだ。
世界中のレスラーの中で最高のギャラを稼いだ男。チャンピオンベルトに執着しなかった男。技の神様。黄金の男。鳥人。ニューヨークの帝王。無冠の帝王。様々なエピソードが残されているがボクが一番好きなのは修業時代の馬場さんがアントニオ・ロッカに勝利したこと、だがロッカはリングを降りると新人の馬場にもフレンドリーで会うたびに葉巻をくれたという話などである。

馬場さんのトレーナーのフレッド・アトキンスは「飛んだり跳ねたりのサーカス野郎」と軽蔑したらしい。鉄人ルー・テーズは「自分勝手な試合運びでレスリングにならない」と切って捨てたようだ。

そして『ジャイアント台風』の中でアントニオ・ロッカにまつわる一番凄まじい話は「日本人柔道家殺害事件」だ。今でいうところの、リング上の異種格闘技戦でアントニオ・ロッカが日本柔道家谷五段を弑してしまったというのだ。

梶原一騎先生は「1961年フロリダの夏は暑かった。」という書き出しの名調子でその悲惨なエピソードを紹介している。その事件の出典がアメリカのプロレス専門誌なのか、当時のフロリダのプロレス紙なのかわからない。底本を明らかにしていないことから梶原先生の創作であったかも知れない。

とにかくそうやって梶原さんは余談で盛り上げてロッカの強さ、非情さをクローズアップして最高潮に達したところで1962年3月29日ニューヨーク、マジソン・スクェア・ガーデンで両者が対戦したという事実にボクらを引きずり戻すのである。

どうでしょうか。素晴らしいストーリーテラーだとボクは思うのですが。
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