同期が過労死した。まだ、29歳だった。

大学ではラグビー部にいた。人一倍頑丈な身体をしていたはずの男がなんで、こんな目に合うのだ。
結婚して数年で、女の子と男の子が一人ずついた。訃報の少し前に、同じように幼子を連れた彼の家族とボクの家族が偶然、ぬいぐるみショーの会場であったばかりだった。

支店長によると、同期の彼は昼間は金利引き下げを受けて法人や駆け込み預金のお客の家を休む間もなく訪問し続け、夜は利下げ後に一気に提出する融資案件の構成のため職場で、半徹夜 が続いていたそうだ。

同期の出世頭で、同期の飲み会ではいつも中心にいた。年代を越えたゴルフコンペでもいつも上位だった。スポーツマンで話題豊富で周りを和ませたので、役員や上司、先輩、お客にも人気があった。

残業続きの明けで支店長主宰の接待ゴルフの打ち上げで、表彰式の司会中にマイクで話していてドスンと仰向けに倒れた。
彼がふざけていると勘違いした支店長が、「おい、君。ふざけるのはやめたまえ。」と言ったが、身体は、もうすでに動かなくなっていた。

救急車で運ばれた病院で心不全と診断された。


ボクは、彼を死なせたのは支店長であり、銀行だと思う。明るく、スポーツマンに見えた彼だが、生前、ボクには悩みを打ち明けた事がある。

ちょうど、ボクが、大阪の支店に転勤する前のことだ。もう、しばらくは会えないかも知れないと彼は電話で告げ、ボクを屋台の一杯飲み屋に誘った。


「大阪転勤、よかったな。お前は頭がいいから、出世するだろうな。俺の分まで頑張ってくれ。」

ボクは驚いた。彼こそは同期の出世頭で文武両道と思っていたその本人の口から、そんな言葉が出るとは夢にも思わなかった。

「俺は、そろそろ、この銀行を辞めようと思う。仕事はきついし、家族のもとにも帰れない。日曜は日曜で嫌な支店長のちょうちん持ちで、接待ゴルフだ、宴会だと、召使い扱いだ。
銀行に入って、覚えたのはノルマの消化方法と『預担*』くらい。決算書の分析もできないし、商業科出て入行した後輩の女子行員の方がまだましだ。」


やけに厭世的な彼の言葉が最後の会話となろうとは、ボクは夢にも思わなかった。

「辞めてどうする。」

「親戚が田舎で小さな不動産屋をやっている。跡継ぎもいないし、そこに行くつもりだ。」

それから、彼は亡くなった。


告別式に間に合わなかったむボクは、彼と特に仲の良かった二年先輩の人と彼の実家に向かった。


同期の両親の悲しみ様は見ていて気の毒で哀れで僕と先輩は滞在中、ずっと涙が止まらなかった。

線香をあげてお香典を供えお悔やみを申し上げると父親が息子のことを話し始めた。

「息子は、かねがね言っていました。自分は銀行員は務まらない。残業で身体を壊しそうだし、寝不足で運転中、何回も事故を起こしそうになった。ノルマができないと、人格を否定されるように罵倒されるし、給料もいつまでたっても増えない。
接待ゴルフだ飲み会だと上司にいいように振り回されて、肝心の銀行業務や決算帳簿、外国為替、融資案件の取り組み方法については何も指導してくれない。質問しても自分で勉強して身につけろと突き放される。そして、なにより、仕事に生きがいも熱意も持てない。健康状態も限界だし、精神的にも参っていると。」

母親が言葉をつないだ。

「先週、あの子から電話がありました。叔父の不動産会社に入れさせてほしいから、話を通してくれというものでした。銀行はどうすると聞いたら、来週にでも退職届を出すのだと。もう決心したからと言っていました。」

そして父親はボクらに言った。

「私の兄弟が不動産屋をやっていまして、息子は空いた時間で不動産の免許を取る勉強をやっていました。息子と仲良くしてくださったあなた達に形見と言って何もないのですが、この不動産の資格試験の本をもらってやってください。それから、息子のように過労で職場のせいで命を縮める人が出ないような会社にしてください。」

先輩とボクはありがたくご両親のご意思をいただいた。先輩は参考書をボクは問題集をもらった。
同期の家を辞して後、先輩が僕に言った。

「お前、あいつと親友だったんだから、これで勉強して。、いつか宅建取ってやれ。」


先輩はもらったばかりの参考書もボクに押し付けた。

「いやですよ。俺、不動産に興味ないし、頭悪いし。ムリムリ。」

「いや、亡くなったあいつは同期の中じゃお前が一番頭いいと言ってた。すまんが、お前、いつでもいいから、それがあいつの供養だから、弔い合戦と思って、宅建取ってやってくれ。」


先輩は調子のいいことを言って、すべての責任をボクに負わせた。ボクは仕方なく勉強を始めた。

それでも、相変わらず、銀行のノルマやバカな勤務体系は変わらずボクらにのしかかってきた。あんまり、たびたび、不合格が続いて受験をあきらめた年もあった。合格まで年月がかかりすぎて同期の受験しようとしていた資格は「宅地建物取引主任者」から、「宅地建物取引士」と名称が変わった。

やっと合格した時にはボクは中年を過ぎていた。合格して間もなくボクは銀行を退職した。



  *預担=預金担保貸付
     預金を担保として拘束し貸し付ける融資方法
     融資は、預担に始まり、預担に終わるともいう。
     単純預担もあるが、預金者と借入人が異なる場合など権利関係が複雑になることもある。

     同期が預担は簡単と言ったのは手続きは単純だというほどの意味でした。