〈彼〉が定年退職した某地方銀行にOB会がある。

下は60歳から上は90代までの退職銀行員の組織である。もちろんそれは親睦会以外の何物でもない。奉仕活動をするわけでも、はたまた、政治活動をするわけでもない。

そのOB会の会長から、会員、すなわち〈彼〉のような銀行のOBに宛てて封書が届いた。〈彼〉は介護の真っ最中で現役銀行員の時より現在の方が多忙であるから、親睦会のお誘いなら、真っ平御免と考えながら開封すると日銀のゼロ金利政策で皆様御承知の通り、各銀行の収益は低下致しております等と言う文章が綴られており、新聞記事の写しが同封されていた。

「エコノミスト気取りか」

と悪意に満ちた突っ込みを入れながら読み進んで行くと、

「住宅ローンご利用中のOBの方々は他行からの住宅ローンの肩代わりセールスがございましても、決して他行に切り替える事のないよう何とぞ当行にご協力いただきたい」

と書かれてあり、二度も三度も驚いたり、呆れたりした。まず、定年退職し、一時金を受け取っていてなお、住宅ローンの借入残高があり、年金から返済を続けている銀行員OBがいると言うこと。

定年まで働き続けて退職時一時金を得てもなお、完済不可能な程の住宅ローン残高と言う事は、銀行側の賃金体系に問題があるのか、それとも身の丈に合わない超豪華なマイホームを持った銀行員の側に問題があるのか。詳細は分からないがいずれにせよ身分不相応な生活を送る事のないように指導をする審査側の責任は放棄しているように思える。

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顧客の住宅ローンのアドバイスは出来ても従業員への指導は知らん顔なのかと辛くなる。個人の勝手だと言えば楽な話だが、定年後も借金に苦しむ銀行OBなどと言う話は悲し過ぎる。

また、住宅ローンの返済負担を軽減するため、例え、借り替えに少なくない費用(借り替えるには抵当権抹消設定費用や銀行の手数料、保証会社への保証料などがかかる)を負担しても取り組むことは契約上の自由であり、個人の生活をより良くしたいと願う幸福追求権を奪うものではないか。

それを何の権利があって、たかだか銀行OBの親睦会の会長ごときが「当行」などと現役の銀行員たちに類が及びかねない発言をするのかと、〈彼〉は憤慨した。

銀行OB会の会長は退職した元銀行員に過ぎない。つまり、会長のかつての勤務先は彼らにとっては「当行」ではない。つまり、こんな手紙や発言をする立場にはないのだ。あまつさえ、契約の自由や幸福権の追求をも侵す法律違反、憲法違反の疑いを会長は考慮しなかったのだろうか。


推測するにこの会長の思い上がった誤解は、いまだに自分がかつて、勤務した銀行に対して、自分が厳然たる影響力を持ち続けているのだと言う錯覚、いや妄想と言ってもいいだろうが、それらに原因している。

人間は年を取ると朦朧として若き日の自分と今の老いた自分との区別がつかなくなる。回りに及ぼす迷惑に気がつかなくなる。

こんなOB会には暇があっても行く気になれない。否、退会しよう。〈彼〉は哀しく結論した。