早いもので父親が逝ってからもう丸六年が経った。生きていたら101歳になる。
生前、父は10台乗用車を買い替えたが不思議なことに全てダイハツのものだった。
私の貧乏サラリサーマン時代にもダイハツの軽自動車を私に買い与えているから11台もダイハツで購入したことになる。
ある時、なぜそんなにダイハツ車ばかり購入するのかと尋ねたことがある。ダイハツの前身の大阪發動機という会社が旧日本軍の上陸用舟艇を製造していたそうだ。父は大阪の住友電気から直接入隊したが
大阪時代にダイハツの技術に対する信頼のようなものが出来上がっていたようだ。地元企業への信仰と言ってもいいかもしれない。
シャレードなんかは物損事故で少しぶつけられただけで同型のものを三台も買い替えている。私から見れば運転が下手なのかそれとも金が余っているのかと問いたくなるくらいだった。これだけ贔屓にするとディーラーの方も親身になってくれる。担当が三人、父についたが最後の人はベテランの、整備士上がりのセールスマンだったので車のことをよく知っていた。また、一人暮らしの父を気遣ったりもしてくれた。

父は85歳を過ぎた頃からよく物損事故を起こし出した。少し傷つくとすぐ新車に変えた。91歳の頃、田舎の道を走っていて田んぼのわきの用水路に落として新車に変えた。衝突防止機能がついていた新型車だった。92歳になってその機能が付いていながら追突事故を起こした。ディーラーのセールスマンにまた新車を買うからと電話をした。

セールスマンは人身事故を起こしてはいけないから車はもう売れません、お父さんを説得してくれと私に電話をして来た。車を売ってなんぼのセールスマスがもう売れませんと言うからには私も真剣に父のことを考え話し合った結果、車は買わない、乗らない、免許は返納と言うことになった。92歳だったから遅すぎたかもしれない。世間に迷惑を掛けなかったことが不幸中の幸いだった。