22歳から60歳になるまでの銀行員生活の中で同じ支店に二回勤務すると言う事があった。
大半の銀行員は支店勤務で特に優秀な人でない限り本部勤務になることはない。在勤中3、4年に一度の割合で地方を転々と移動して回る。これはキツイ。慣れたころに転勤とはよく言われることである。考えてみると、いくら仕事の内容は同じと言っても顧客の顔ぶれが変わったり、営業行員だと勤務するエリアの道を覚えるだけでも大変な苦労である。
その点、この同じ支店に二回目の辞令をもらった時はうれしかった。前回同様、外回りの営業担当になった。営業担当は毎月厳しいノルマを課せられるので既存の取引先を知っているだけでもありがたい。どこの顧客が大口預金先でどこの法人が融資を受けたがっているか、記憶しているから、既往取引先を回るだけでノルマは達成できる。後は新規先を開拓してどれだけ資金量(預金額)、融資量(貸出額)を伸ばせるかでずいぶん成績を伸ばせる。
その二回目の支店勤務で赴任早々、店頭で旧知の個人事業主に会った。彼は人懐っこい笑顔を見せて私に近づいて来て言った。
「おかえりなさい。また、この支店勤務になられたのですね。ご栄進おめでとうございます。また、融資などでお世話になります。」
正直、栄進した訳ではなかったのだがお世辞でもうれしかった。そしてこんなに暖かい声をかけてくれたのは彼だけであった。
「今はこういう仕事をしています。」
彼は或る社会福祉法人の理事長の肩書の名刺を私に手渡した。その日は挨拶だけで別れたが、後日訪問して預金か貸付の協力をお願いをするつもりであった。
赴任して三ケ月経過したが私のノルマ消化は順調であった。と言うよりは絶好調で成績を伸ばした。何しろ二回目の支店勤務と言うのは小学生が同じ問題の算数の試験を二回受けるようなものである。
答えの分かった試験問題で赤点を取る子はいない。
四か月目に入って一週間経過してその月のノルマは達成していたので余裕ができていた。例の社会福祉法人へ行き理事長に面会を申し出た。受付嬢は何か怖いものを見るような目つきで私を見、上司に替わった。
「どういう御用件ですか?」
まるで木を花で括るようなつっけんどんな態度で総務課長と言う人物が言った。
「あの人は名前だけの理事長で法人の名を語りあちこちで詐欺まがいのことをしているし、近々理事会で退任勧告する予定なんです。お宅の銀行も何か被害にあったのですか?そうだとしても当法人とは無関係ですから。お引き取り下さい。」
総務課長はとんでもないことを言った。私は呆れたがそのまま退出し、理事長氏とは音信不通のまま、赴任五か月目を迎えた。ノルマの面ではラッキーが続き時間的にも余裕があった。すると支店長から一日だけ融資課長のフォローををしてやってくれと頼まれた。仕事の内容は支店で抱える不良債務者への訴訟案件で本日結審するのがあるから聞いて来てくれと言うものだった。
簡単な仕事だったので私は時間前に行き問題の訴訟事件の前の案件を傍聴席で見学した。席に座ってみているとやがて事件の被告人が呼ばれた。ある売買契約についての詐欺事件で被告人が事実関係をすべて認めたので本日判決を言い渡されるのであった。
被告人が席についた。顔を見て私は思わず声が出そうになった。なんと被告はあの社会福祉法人の理事長だった。私はかの社会福祉法人の総務課長の言葉を思い出した。
「あの人は法人の名を語りあちこちで詐欺まがいのことをしている。お宅の銀行も何か被害にあったのですか?」
茫然としていた私は数分後に自分が仕事で来た事件の開廷が始まるので気を取り直して何とか落ち着いた。
裁判所の帰り道思った。大半の顧客は二回目の勤務の私になんら関心も好意も持たない。友人でも何でもないのだから当たり前だ。一人だけ笑顔でお帰りなさいと優しい言葉で近づいて来た男がいたがあれは詐欺師の常套手段の初めの一歩であったのだ。
ふとしたことから詐欺師の正体を知ることができて幸運だった。
大半の銀行員は支店勤務で特に優秀な人でない限り本部勤務になることはない。在勤中3、4年に一度の割合で地方を転々と移動して回る。これはキツイ。慣れたころに転勤とはよく言われることである。考えてみると、いくら仕事の内容は同じと言っても顧客の顔ぶれが変わったり、営業行員だと勤務するエリアの道を覚えるだけでも大変な苦労である。
その点、この同じ支店に二回目の辞令をもらった時はうれしかった。前回同様、外回りの営業担当になった。営業担当は毎月厳しいノルマを課せられるので既存の取引先を知っているだけでもありがたい。どこの顧客が大口預金先でどこの法人が融資を受けたがっているか、記憶しているから、既往取引先を回るだけでノルマは達成できる。後は新規先を開拓してどれだけ資金量(預金額)、融資量(貸出額)を伸ばせるかでずいぶん成績を伸ばせる。
その二回目の支店勤務で赴任早々、店頭で旧知の個人事業主に会った。彼は人懐っこい笑顔を見せて私に近づいて来て言った。
「おかえりなさい。また、この支店勤務になられたのですね。ご栄進おめでとうございます。また、融資などでお世話になります。」
正直、栄進した訳ではなかったのだがお世辞でもうれしかった。そしてこんなに暖かい声をかけてくれたのは彼だけであった。
「今はこういう仕事をしています。」
彼は或る社会福祉法人の理事長の肩書の名刺を私に手渡した。その日は挨拶だけで別れたが、後日訪問して預金か貸付の協力をお願いをするつもりであった。
赴任して三ケ月経過したが私のノルマ消化は順調であった。と言うよりは絶好調で成績を伸ばした。何しろ二回目の支店勤務と言うのは小学生が同じ問題の算数の試験を二回受けるようなものである。
答えの分かった試験問題で赤点を取る子はいない。
四か月目に入って一週間経過してその月のノルマは達成していたので余裕ができていた。例の社会福祉法人へ行き理事長に面会を申し出た。受付嬢は何か怖いものを見るような目つきで私を見、上司に替わった。
「どういう御用件ですか?」
まるで木を花で括るようなつっけんどんな態度で総務課長と言う人物が言った。
「あの人は名前だけの理事長で法人の名を語りあちこちで詐欺まがいのことをしているし、近々理事会で退任勧告する予定なんです。お宅の銀行も何か被害にあったのですか?そうだとしても当法人とは無関係ですから。お引き取り下さい。」
総務課長はとんでもないことを言った。私は呆れたがそのまま退出し、理事長氏とは音信不通のまま、赴任五か月目を迎えた。ノルマの面ではラッキーが続き時間的にも余裕があった。すると支店長から一日だけ融資課長のフォローををしてやってくれと頼まれた。仕事の内容は支店で抱える不良債務者への訴訟案件で本日結審するのがあるから聞いて来てくれと言うものだった。
簡単な仕事だったので私は時間前に行き問題の訴訟事件の前の案件を傍聴席で見学した。席に座ってみているとやがて事件の被告人が呼ばれた。ある売買契約についての詐欺事件で被告人が事実関係をすべて認めたので本日判決を言い渡されるのであった。
被告人が席についた。顔を見て私は思わず声が出そうになった。なんと被告はあの社会福祉法人の理事長だった。私はかの社会福祉法人の総務課長の言葉を思い出した。
「あの人は法人の名を語りあちこちで詐欺まがいのことをしている。お宅の銀行も何か被害にあったのですか?」
茫然としていた私は数分後に自分が仕事で来た事件の開廷が始まるので気を取り直して何とか落ち着いた。
裁判所の帰り道思った。大半の顧客は二回目の勤務の私になんら関心も好意も持たない。友人でも何でもないのだから当たり前だ。一人だけ笑顔でお帰りなさいと優しい言葉で近づいて来た男がいたがあれは詐欺師の常套手段の初めの一歩であったのだ。
ふとしたことから詐欺師の正体を知ることができて幸運だった。