世相・事件

ヒューストンの惨劇ルーテーズVSキムイルNWA世界戦〈王者にセメントマッチを仕掛けた大木を唆した犯人は誰だ⁉〉

史論‐力道山道場三羽烏 (G SPIRITS BOOK)


のちにヒューストンの惨劇と呼ばれるルーテーズVSキムイル大木金太郎のNWA世界ヘビー級選手権試合について詳細が述べられている書籍を見つけた。
「史論 力道山道場三羽烏」著者小泉悦次先生著 2020年6月初版発行 辰巳出版である。
先生は1960年生まれでボクよりは若い。
こう言うと大変失礼な言い方になるが先生より年長のボクは力道山の数々の試合をリアルで見ている。

しかし、この本は大量の資料と写真をもとに日本を代表するプロレスラーの試合と生き様を時系列で紹介しその縦糸に、戦後日本、アメリカ、韓国の歴史を横糸に織りなした壮大なプロレス史観論となっている。
小泉さんは東京生まれでサラリーマンをしながら膨大な資料を収集し、それに基づいて本作を誕生させた。ボクとしてはまさにこういう本が読みたかった。そういう一冊である。

ボクはただボーっとしてプロレスファンを続けて来ただけ。小泉さんはボクより年下であるが手間暇かけ地
道な努力で資料を集め研究者としてこの本を世に出した。頭の下がる思いだ。



さて、世に言う「ヒューストンの惨劇」ルーテーズVSキムイル大木金太郎NWA世界ヘビー級選手権についてである。1964年昭和39年10月19日テキサス州ヒューストン、フォートワースでの事件。
試合開始後18分40秒でレフェリーストップとなっている。キムイル大木金太郎の七発のヘッドバットにブック破りを感じたテーズが激怒してキムイルにパンチを浴びせ顔面を24針も縫う大けがをさせている。

試合経過とその後日談については著者の本に詳細が描かれているから略すとしてボクが気になるのはキムイルにブック破りをそそのかした人物についてである。

犯人は事件試合当日会場にいたのだろうか?
長くグレート東郷黒幕説が言われてきたがそれが事実でないことは現在ならプロレスファンなら小学生でも理解できることだ。
東郷はアメリカ国内でNWAやテーズと友好的なビジネス展開を熱望するプロモーターである。キムイルがベルトを巻いたところで何のメリットもない。
セコンドのデュークケムオカに至っては「押さえろ押さえろ」といってキムイルの暴走を止めている。





犯人は当日、日本にいた。このキムイルの、試合に見せかけたテーズ襲撃事件を画策したのは日本にいる複数の人物であった。なかには日本人も韓国人もいた。またキムイルの「力道山襲名」構想や裏社会、反社会勢力、右翼、政治家などの思惑が複雑に絡み合っている。

だからこそガチンコを仕掛けられたテーズにしてみれば新人のキムイルの信じられない行動と目に映った。そして自ら返り討ちにして担架に乗せられた血まみれのキムイルにこう尋ねた。
「ボーイ。大丈夫か?誰にそそのかされた?」




この事件の真相、ブック破りの犯人については「史論 力道山道場三羽烏」の中で著者小泉悦次先生がエビデンスに基づいて語っている。

キムイルは生涯犯人の名前を明かさなかったし、テーズは「誰にそそのかされた?」と尋ねたものの、王者のプライドから試合後には犯人を知ろうともしなかった。だから永年、真相は藪の中であったが著者の小泉悦次さんは精度の高い資料により綿密な検証を重ね遂に答えを見つけた。




大漫画家からの返信メール



週刊誌の編集をやったことがないので詳しいことは分かりません。ですから、以下は私の想像です。漫画家から聞いた話と、知り合いから聞いた週刊誌の事情を元に、類推したものです。正しいかどうかは判りません。

週刊誌の連載は大変で、どの漫画家もギリギリの状態でこなしています。アシも大変で、スケジュールはガチガチ。合併号が出せたからといって、一週間たっぷり休めるということにはならないのです。ましてや合併号の出る時は前倒しで原稿を上げなければならず(お盆進行、年末進行)、その負担は普段以上で披露困憊です。応援にアシを雇う漫画家は少なくありません。そこで制作のペースを崩すこともあります。漫画家からすると「合併号は迷惑なだけ」なのです。

合併号の次の号の話がつまらなくなるというのは、待たされた分その漫画への期待が大きくて、再開された話がつまらなく思えてしまった…ということではないかと。心理的要因が大きかったのでは。そんな気がします。読者にとって二週間待つのは辛いですもんね。
絵のクオリティが落ちたのはたまたまで、筆の達者なアシが抜けていたとか、そういう理由があったのかも。

鉄人の話は、おそらく御大の推理通りだと。アシの方が描くというのは考えられませんから。

で、この影丸バッジ、私も持っていました。サンデーに申し込んで手に入れました。懐かしいなぁ。実家に残っているかも。

純烈・友井雄亮ふたたび






東京七月明治座講演に友井雄亮くんを呼びたいとリーダー酒井君が言っていた。
そういうことなら大賛成だ。

友井君の過去の事件はもうファンは誰も問わない。
ただ、彼の才能を惜しむ。第一回目の紅白までの一番輝いていた頃の純烈をもう一度見たい。
それだけだ。

なかには友井君がテレビで活躍しているのを見たくない人もいるだろう。
だけど逆に、彼のステージをもう一度見たい人もたくさんいる。

ボクも見たい。できることなら、劇場やライブハウスだけでもカムバックして欲しい。
ファンのそういう願いがあることも事務所やレコード会社、文春、テレビ局などは知って欲しい。

何でもかんでも一方的に攻撃して追求して追放するようなことが日本であってはいけない。
そういうのは民度の低い後進国か、専制国家か、共産主義国家だけでたくさんだ。







墓荒らし 事件【上】 <見えない犯人と闘う>

八つ墓村





数年前に実際にボクの身に起こった奇妙な事件について書き記す。

父の葬儀後一か月経過した頃、月命日に墓参した。
花を新しいのに取り替えようと思い県外の自宅から田舎の父の墓を訪れた。

ボクの目に変わり果てた父の墓の光景が飛び込んできた。
誰がしたのか?花指しに無造作に汚い造花が左右一対、差し込まれていた。墓の前にはいかにも雑な感じでセメントが流しこまれ、通路を覆っていた。あろうことか、余ったセメントを隣の家の墓の敷地に捨ててあった。

誰がこんなことをやったのだ⁉ボクは驚いた。がすぐに怒りがこみ上げてきた。そしてこんなことをした犯人の意図に恐怖した。お人好しだった父が他人の恨みを買うようなことはあるはずがない。なんとも言いようのない悲しみに襲われた。


しかし、呆然としている暇はなかった。すぐにでも犯人を見つけ出さねばならない。絶対に責任を取らせなければならない。ボクには驚いたり怒ったり悲しんだり恐怖している暇はなかった。

ただちに証拠と目撃者を探そうとした。現場には証拠らしいものは何も残されていなかった。目撃者と言ってもそうは簡単には見つけられるものではない。

ひとつの方法として、立て看板を立てて〇年〇月から〇年×月までの間に墓荒らしを目撃した人はご連絡くださいというふうに表示することを思い付いた。あるいは直接犯人に対し、こういうことをされて迷惑していますから名乗り出てくださいと書くかだ。

しかし、犯人が相当な恨みがあってやったことなら、立て看板なぞ何の効果もないだろう。へし折られて終わるだけだ。立て看板のプランは挫折した。



なんとか犯人の手がかりを得ようと、ボクは各所に連絡をした。

まず、〇亀警察署ド田舎交番。墓荒らしはれっきとした犯罪だから警察に通報するのは当然だ。ボクの家以外の墓も被害に遭う可能性だってある。
しかし、日本で一番レベルの低い県警の、さらに県内で一番無能と言われている〇亀警察署は何の反応もしなかった。ボクが電話しても事件に対しての質問すらせず、

「ああ、そう。ハイハイ。一応聞いておくからな。」

と答えた。ボクはこの時の警官のこえと名前は今でも覚えている。恨んでいる。


この警察署はここ数年、身内から犯罪者を出してはもみ消している。恐喝、痴漢、交通犯罪者、それらの事件をことごとく隠ぺいした結果、テレビ局や新聞社に通報され、叩かれている。

いっそのこと解散して隣の県警に吸収合併してもらえばと思う。およそ、正義と言う言葉が似つかわしくない無知無能の税金泥棒集団である。


村役場にも連絡した。この墓地は村営の共同墓地である。だから、村の公営物が破壊されたわけである。すぐに村役場の総務課長が飛んできた。墓の周りをぐるぐる回って、うちの家の他にも被害はないか点検した。さすがにやることだけはやってくれる。この点、捜査もしない現場にも来ないバカ県警〇亀警察署よりは随分ましだ。しかし、総務課長の奥歯にものの引っかかったような言葉は気になった。

ボクが公物損壊で行政から捜査や告発はしてもらえないですか?と言ったらすぐさま断わられた。なぜ⁉と聞くと、もめごとは困る、、と言って迷惑そうな顔をした。



最後に、ひと月前の父の葬儀に来てくれた人や手伝ってくれた人に順番に連絡した。葬儀屋、墓石屋、僧侶、親戚、寄り合い(町内会)何人かは現場に飛んできて、酷いことをする、罰当たりが‼誰の仕業か見つけたらただでは置かんぞ等と憤って見せてくれた。



三日ほどボクは父の家に滞在しててがかりをつかもうとした。しかし、進展なく時間は過ぎて行った。姿の見えない犯人。だれが何のためにやったのだ。恨みか?嫌がらせか?ボクは不安にかられ、ひどく陰鬱な気持ちのまま三日間を過ごした。

あきらめて父の家を辞し、いったん県外の自宅に戻った。

帰宅した翌日、一本の電話から事態は急展開する。

無給医のニュースで気の毒な医師夫婦を思い出した


【以下はネットニュースからのコピー】
無給医。有給ポストが限られるため、教育を受ける身として研鑽中のためと、様々な背景により存在しています。(NHKニュースでも「大学病院の“無給医”“ただ働き”の実態」として放送)。


☆        ☆
医業界にこんなバカな風習があるから医は算術みたいな愚か者が医者の中にいるのだ。

ボクが銀行で病院担当をしていた頃の話だ。開業医の性格の悪い夫婦の医師がいた。男の方はボーッとして診療技術の方も?と患者間でうわさされていた。女の方は金に汚く他人を見下すようなところがあった。この女の頭には一種カースト制度のような発想があり、製薬会社のセールスマンが最も下にいて、次が銀行や出入りの営業マン、その上がお客さん(患者の事。この女は陰で本当にそう呼んでいた。)、最上位が医師であった。

医者がこの女の発想する身分制度の頂点なのだが、その中にもランクがあったようだ。理由は不明だが歯科医が底辺で、その上が美容整形外科、外科、内科の順番で身分が高いらしい。ちなみにこの夫婦は呼吸器内科だった。その割には二人とも酸欠状態の金魚みたくいつもアップアップしていた。精神的に余裕がなく、いつも身分の低いボクらを罵倒していた。

通帳を見るのが楽しみでボクを足代わりに呼びつけては診療報酬の振込入金される口座の通帳の記帳をさせた。
診療報酬を「水揚げ」と呼び、現金収入を「日銭」、患者を「お客さん」、ボクらを「銀行屋」と、蔑んだ。その病院で知り合った製薬会社の営業マンが嘆いていた言葉を思い出す。

「院長が電話ですぐ来いというから10時に来たのに診察中と待たされ、昼休みだ昼寝だと延ばし伸ばしにされ、夫人に抗議したら『うっとおしい!』と怒鳴られて会社に担当者を変えろと電話されました。」

ボクも同じ目にあわされたことがあった。理由は言葉遣いが悪いというものだった。女医を「奥さん」と読んだら「女医先生」と呼べと言われた。

夫婦のきげんの良い時には結構話し込んだりしたが、自分たちの苦労話と自慢話ばかりであった。その話の中で「僕たちは人生の前半で仕事の対価に見合う報酬を得てないのでこれからは金儲けをしたい。」という発言があった。


先日その病院のあった町に行ったが病院は跡形もなく消えていた。広大な病院の跡地はコンビニと駐車場に変わっていた。コンビニに入って店員さんに病院の事を訊ねたら「潰れましたよ。」と教えてくれた。気の毒な医者夫婦ではある。
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ニュース報道番組のあり方を考えてみる


「新型コロナ恐慌」後の世界

新型コロナウイルスの真実 (ベスト新書)

このタイミングで「富士山の噴火で数時間後には首都機能がマヒする」というニュースを流すNHKってどうなん?
 
異常気象の積雪とか、パンデミックとか、北鮮のミサイルとか、首都封鎖とか世の中、大混乱の最中に不安情報の垂れ流し。あかんやろ!!
 
もし、七時のニュースで流すなら、社内でよ~く精査してからにしてくれい。地震、台風、噴火は「自然災害」として別番組でやってくれ。
 
それだけの予算を持ってるはずなのに、いつもいつもテキトー。
 
そういうテキトーnewsやバカワイドショーが蔓延している。昭和平成のがまだまし。制作側の質の低下が原因なのか。

呼吸器内科医が解説!  新型コロナウイルス感染症 — COVID-19 —

 

2017.9.8<追悼・高倉健さんに想う>「当局の犬」と呼ばれた「鉄道員(ぽっぽや)」がいた


高倉健 Blu-ray COLLECTION BOX



高倉健さんが亡くなった。83歳であった。

近年の高倉健さんの名作映画といえば「鉄道員(ぽっぽや)」 (1999)だろう。「鉄道員」と言えば、ボクには忘れられない一人の鉄道員<彼>のことが思い出される。

鉄道員(ぽっぽや) [Blu-ray]


瀬戸内の小さな港町・多度津香川県)での話だ。この小さな港町には過ぎたるものが二つある。一つは桜の名所の桃陵公園。春には港の南の丘陵全体が桜色に包まれる。

弘法大師ご誕生の聖地 - ーいま、なぜ海岸寺なのか。千年の時を経てついに明かされる 「弘法大師ご誕生地」の真相! (MyISBN - デザインエッグ社)

多度津町海岸寺弘法大師(空海)の生誕地ともいわれている。

また、この町には少林寺拳法の総本山がある。

さらに余談ながら多度津町の隣町が、要潤さん、桃田健斗さんの生まれ故郷である。)

少林寺拳法

 
 
 

もう一つは、日本初の鉄道会社、明治時代に設立された「讃岐鉄道株式会社」である。
戦後、日本国有鉄道となり、最盛期には人口8000人のこの町の工場だけでも2000人の
労働者がいたという。

国鉄時代 2019年11月号 Vol.59


鉄道員の<彼>の父親は明治生まれの腕上手の「指し物(木工品)」大工だった。
しかし、戦災孤児であった姪を含めた6人の子供を養っていた。そのため、
机やタンスは作っても商売はできず、売掛金の未回収が重み、生活は困窮した。

戦後、<彼>は復員するとすぐ家族の生活の為に国鉄に就職した。しかし、
<彼>の職場は、駅でも工場でも列車の上でもなかった。経営当局の為に、
労働組合から情報収集することが彼に与えられた任務だった。

労組の過激分子は<彼>を「当局の犬」「裏切り者」と蔑んだ。

しかし、労組の委員長、執行部幹部連中は<彼>をかばい、可愛がった。
彼の明るい性格とお人好しを愛した。酒を飲めば朝まで一緒になって飲む。
麻雀をすれば弱いくせに徹夜で付き合う。そして労組幹部が何より
重宝がったのは、<彼>がバーターでもたらす、経営当局側の情報であった。  

屈せざりし者たち

 
 
酒飲んで麻雀して、飯食って騒いで組合員ややくざや共産党や、
大陸出身者など、いろんな人と知り合った。

ボクは、1975年10月21日から国鉄労組が8日間の「スト権スト」
ストライキを禁止されている労働者が、ストライキを行う
権利を求めて行うストライキ)を行った時の国鉄四国総局の
幹部に話を聞いたことがある。

 「昭和22年の2・1ゼネストは革命前夜という感じだった。
食う為の暴力闘争。それに対して10・21はイデオロギー
闘争だった。公共企業体としての国鉄職員のスト権の是非を
世間に問う為の闘争だった。そして、いずれの時代も
労使の間に立ち、闘争直前まで双方のことを考えた
少数の人たちがいた。彼らのおかげで四国高松管内の
ストライキ現場が血を見ることはなかった。」

 

写真記録 号笛、鳴りやまず


勤続三十年目に<彼>に係長推薦の打診があったが、自ら謝絶を
願い出た。そして次のように語ったのだ。

 「私なぞに役が付いたら、組合員の連中は私に話を
しなくなります。組合員は私をもう『当局の犬』とも
『裏切り者』とも言いません。私を『仲間』と
認めてくれています。

だから、私は定年まで、ただの『国鉄職員』でいたいのです。」

高倉健さんの逝去に際し、思い出される映画「鉄道員」。
これを思うたびに、ボクは<彼>のことが頭をよぎる。
 

駅 STATION

ボクらのヒーローたち


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映画俳優・赤木圭一郎が生きていたら、今年で75歳になる。ジェームス・ディーンと八代目・市川雷蔵は同い年だから、生きていれば、共に84歳だ。

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プロレスラー・力道山は満91歳のはずだし、ジョン・F・ケネディは生誕99年を迎える。いずれも筆者の幼い頃のヒーローたちである。もしも、彼らが生きていたら・・・と今でも残念でならない。

ジョン・F・ケネディ・ストーリー The JFK Story (ラダーシリーズ Level 4)

ジェームス・ディーンは、1955年9月30日に24歳で交通事故で亡くなっている。筆者は一歳半だから、知る由もない。ジェームス・ディーンの存在を知ったのは、赤木圭一郎が亡くなってからあとのことだ。

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和製ジェームス・ディーンと言われた赤木圭一郎は、1961年2月14日調布撮影所で、ゴーカートに乗っていて事故を起こし、一週間後に亡くなっている。この時、筆者は7歳、小学校一年生だった。

7歳だったとはいえ、この事はよく覚えている。日活アクション映画の大ファンだった母親と初めて映画館で見たのが、小林旭の「銀座旋風児」だった。それは1959年のことで、筆者はまだ5歳。未就学児童で、「銀座旋風児」が言えず「銀座扇風機」と言って母を笑わせていたそうだ。

日活アクション映画では小林旭赤木圭一郎が大好きだった。石原裕次郎は大人のファンが多かったのと、裕次郎の放つカリスマ性と深いメッセージが複雑な思いがして苦手だった。

それに対して、小林旭の、なーんにも考えてないようなパープリンな底抜けの明るさと腕っぷしの強さ(という演技)、また赤木の暗い憂いを含んだ瞳と独特な早口の台詞回し、殺死屋のくせに決して人を殺さない拳銃の名手、劇中、突然流れ出す調子っぱずれだが一度聞いたら絶対忘れられない歌声、そのどれもが大好きだった。

赤木の死亡を知った時、筆者は「旭は大丈夫なの?」と母親に尋ねた。赤木は誰かに殺されたのではないかと妄想し、次いで小林旭の安否を尋ねたのだ。宍戸錠は竜(大好きだった「拳銃無頼帖」での赤木の役名)を殺す筈はない。

藤村有広が犯人に違いない。変な日本語を喋る謎の人を怪しいと思った。近所のお菓子屋の親爺が、子供心に藤村有広そっくりだと思った。

赤木圭一郎が死んでから、母親は映画を見なくなった。筆者もテレビばかり見るようになった。

その頃テレビでは、しばしば、アメリカの若き大統領ジョン・F・ケネディのことを報じていた。ケネディも子供達の間では、ヒーローだった。強くて大きく正しいアメリカの象徴だったのだ。

その大好きなケネディが死んだ! 銃で撃たれて殺された。すぐ犯人と言う男が捕まった。が、この犯人も白昼、公衆の面前で別の男に射殺された。それもテレビで知った。

アメリカは怖くて乱暴でめちゃくちゃな国になってしまった。それが、1963年11月22日のことでケネディは46歳。筆者は小学校3年生9歳だった。

驚いたことに翌月もヒーローが死んだ。同年12月15日、東京赤坂のナイトクラブで力道山が酔って喧嘩し、ナイフで腹を刺されて入院した。

テレビドラマや映画にもたびたび出演する正義のヒーローだった力道山だから、大したこと無いだろうと思っていたら、一週間くらいして、亡くなったとテレビが突然報じた。まだ、39歳だった。この時、筆者は泣きながら母親に、

「母ちゃん! なんで力道山、死んだんや?」

と、しつこく尋ねていた。正義のヒーローが死ぬと言う不条理に我慢が出来なかった。

それからは、子供心に熱中するヒーローを持つことを意識的に避けた。思い入れが深いほど、ヒーローが消えた時の悲しみは深いということを知った。

昭和のヒーローたちは夭逝の人が多かった。今、テレビの映像で昭和のヒーローたちの映像を見るたび、あの時代の悲しみが蘇って来る。ヒーローたちは生き急ぎ、時代を形づくり、昭和を駆け抜けて行った。

咲き定まりて 市川雷蔵を旅する

〈 銀行の支店長 〉 ドラマでもリアルでも悪代官みたいな支店長がほとんどだが、稀に尊敬できる人もいる。


 

 

花咲舞が黙ってない [レンタル落ち] 全5巻セット [マーケットプレイスDVDセット商品]

 

日本テレビ系「花咲舞が黙ってない」の第九話「消えた約束手形一千万円の話」を見た。

あれ? 似たような話が?・・・と、ついつい思い出すのは、以前、ボクが書いた「<星の降る町で100万円の手形をなくした話> 。これとプロットは一緒だと思った。

さて、「花咲舞」だ。ストーリーは途中から男女の話になって行くので別の話と気づく。

実は、手形をテーマにした映画や小説は意外と多い。手形法や手形交換所規則等、たくさんの約束事を知らないと扱いにくいし、思わぬ権利の落とし穴に入って、正当の権利者が権利を行使できない点はなかなか理解しにくい。また、手形事件ドラマには複数の関係者(振出人、支払人、受取人、割引人、非合法だがサルベージ屋、パクり屋、等々)が登場する。

そして、登場人物たちが、丁々発止、有りったけの知力、能力を駆使して手形の権利を争う。

白昼の死角【DVD】

古くは高木彬光の「白昼の死角」が出色の長編小説だ。「手形と簿記は人類が作った最も美しい経済上の作品」とゲーテが呟いたのもわかる。

今回のヒール(悪役)は東京第一銀行三鷹支店長・野口を演じた俳優の佐戸井けん太さんだ。

わざと「佐戸井けん太さん」と言わないとこの俳優に騙されそうだ。リアルに、三鷹地方銀行に行くとこんな嫌な支店長がいて部下を虐めているに違いないと錯覚する。

大事件発生にも関わらず、対策はそっちのけ、自己保身と責任転嫁に終始。「お言葉を返すようですが!」と舞の怒りは爆発する。現実にはこの手の管理者がほとんどだから、佐戸井さんの演技は完璧である。

拙稿「<星の降る町で100万円の手形をなくした話>は事実なのだが、あの事件を解決した青年支店長は部下を一度も叱責しなかった。ひたすら、事件解決にのみ全人格、全能力を注力した。後年、ボクが尋ねると、既にその地銀の役員になっていた彼はこう言った。

 「早く解決してお客と部下を安心させたい。それしか頭に無かった。」

ドラマでもリアルでも悪代官みたいな支店長がほとんどだが、稀には尊敬できる支店長もいる

< おらのムラにジェーン・フォンダが来た >40年前の大忖度事件

 

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ジェーン・フォンダと40年前の大ソンタク事件と原発事故

BlogPaint
通産省管轄のプロジェクトの件で、o首相に陳情に行ったら、直接関係のない大蔵省の役人が、わざわざ、やって来て、「村長さん、総理大臣が、一言、通産省に声掛けたから、施設の誘致はおたくの村に間違いないですよ。」と、言った。

 

権力の「背信」  「森友・加計学園問題」スクープの現場


その後、慈善事業家で原発反対運動で高名なハリウッド女優が、この村を訪れたことにより、村長の著書の中の言うような『ソンタクどころか、担当省庁以外の役人も巻きこんだ大ソンタク案件』になってしまった。

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しかも、ことの経過は詳細に、村長の著作に書かれている。ただし、首相も担当大臣も役人も、村長も、当事者は全員亡くなっている。

先日、超広大なかつてのイベントの跡地に行って来た。分割され、一部は公園、商店、宅地に変わっていた。が、大半は更地で放置されていた。


東日本の被災地かと見まがうほどだった。国家の金を使い、ハリウッド女優まで連れて来て、ばか騒ぎのあげく、国民にも、地域住民にも、全く貢献しなかったこの国家プロジェクトの内容は、奇しくも『原子力発電にとって替わるはずであった太陽光発電事業』であった。

当地で『ばかな大騒ぎ祭り』をしたけれど、そのプロジェクトが立ち消えになり、40年近く時がすぎた時、福島の原発事故が起こった。

二つの事象に直接、関係はないものの、ばかなソンタクをした取り巻きと政治家の無為無策は、子孫、国民、国家に大損害と不幸をもたらした遠因だと責められても、やむを得ない。

ジェーン・フォンダ―美と闘争の神話 (シネアルバム 8)