漫画

水木さんつげさん・調布の「クロ」と言う喫茶店

水木しげるコレクションマグカップシリーズ ゲゲゲの鬼太郎




つげさんが水木さんのうちで御馳走になったコーヒーが大変美味しかったので、どこで豆を買ったか聞いたら
調布の駅前の「クロ」という喫茶店を教えられた。

凝り症のつげさんは探し回った見つからない。

水木先生にもう一度尋ねたら

あんた。あんな店なんか行かない方が良いですよ。きったないとこなんだから。

と言う。

ふたたび、探すが尋ねた住所には汚い民家が一軒。
看板もない。
それでも尋ねてみようと言う気になって玄関の硝子戸をあけようとしたら建付けが悪く戸が外れた。
戸を抱えたまま尻もちをついたつげさん。

中からおばちゃんがお昼ご飯でも食べていたのか、口をもぐもぐさせながら出てきた。その店が探していた喫茶店だった。 

KINTO (キントー) コーヒーカップ OCT カップ&ソーサー 220ml ブラック 28894



さすがのつげさんも気おくれし、そうそうにコーヒーを飲んで退出したが何回か行くと慣れてきて気に入った。しばらく通ったが、やがて駅前再開発によって店は取り壊された。
後年、つげさんが「クロ」と言う名前について水木さんに尋ねると、本当の名前は知らない。
あまりに汚くて黒い店だから水木さんが勝手に名付けたと聞かされた。


マンホールカード 東京都 調布市 鬼太郎













或る漫画家の大団円

ぼくのマンガ人生 (岩波新書)
手塚 治虫
岩波書店
1997-05-20




親友の漫画家が逝ってから一か月、故人の奥さんから満中陰志が届いた。
彼の所は神道でそういう風習はないはずだが、生前の彼の気遣いが奥様にも届いているのだろう。
彼の人生の幕引きの手際の良さには舌を巻く。

はやい時期に「俺の人生はまんざら悪くもなかった。」等と言いびっくりさせたが、
生前の一挙手一投足がエンディングへの伏線の様だった。

生前の写真がメールやラインで届き、闘病中にも関わらず長文のメールが届いた。
そこにボクたちの出会いから発症、入院に至るまでの経緯と心境と感謝の言葉が綴られていた。

そして、逝く数日前かろうじて声が出せる状況の下で、奥様から電話があり、

「うまく声を出せませんが、相手の言葉は全て理解できるのでどうぞ声を掛けてやってください。」

と言われた。
彼は有難うとかすれた声で言い、ボクは泣きそうになるのを我慢して有難うと返した。


18で出会ってから50年一つのストーリーを完結させるように、彼にとっては得意の漫画のストーリーを
組み立てる作業のように鮮やかに人生を終わらせた。




(拙文と手塚治虫先生の御著書のカットは無関係です。親友が生前手塚治虫先生を尊敬していたので。)











貸本屋漫画家時代のつげさん

つげ義春初期傑作短編集 (第1巻)










昭和32、3年頃の話だが、つげさんは貸本屋に勤める女性と同棲していたことがあったらしい。
暮しは楽でなく二人分の生活費を稼ぐため、生涯で最も多作だった時期と振り返る。

貧乏が続いて彼女の不貞行為が発覚する。
彼女を貧窮に巻き込んでいると思ったそれ以上追及できず、ただうなだれていた。
貧困が女性の心を歪ませるのはよくあることだとつげさんは女と別れた。

女との別れはさしてつらくはなかったが、いくら頑張っても生活の成り立たない貸本業界に失望した。

その頃発表されたのが名作「港のリリーちゃん」や「走れ!ぼろバス」である。貧しくても明るく一所懸命に生きる主人公たちが描かれている。

現実の苦しみから逃れたいと願いを込めて作品を描いていたのだろうか。

つげ義春さんの密航未遂

大場電気鍍金工業所/やもり つげ義春コレクション (ちくま文庫) [ つげ義春 ]

つげさんは小学校を卒業するとメッキ工場で働きだしたが、その仕事が嫌で嫌で、そこから逃れたい一心で横浜港に行き、日産汽船の1万トン船日啓丸に潜り込んだ。密航を企てた。東回りニューヨーク行の日啓丸が横浜から出港して四時間後、野島岬を通過し太平洋へ出たところで甲板員に見つかった。

余程叱られると覚悟していたが船員はみな優しく親切にしてくれた。ケーキの差入や昼食をごちそうしてくれて風呂にも入らせてくれた。

数時間経過して観音崎付近で海上保安庁の巡視艇に身柄を引き渡された。
巡視艇から日啓丸を振り返ると、甲板に船員がずらりと並び、少年のつげさんに手を振った。
別れの汽笛が脳天を打ちのめすように鳴らされた。


ボクはつげさんの回想記を読んでいて涙が出そうになった。
汽笛が聞こえてくるようだった。
少年のつげさんの心情を知ろうとしても深く複雑で分からない。
同情なんか恐れ多くてできない。
ただ圧倒されて悲しくなった。

つげ義春さんから見た水木しげるさん

新版 貧困旅行記(新潮文庫)
つげ義春
新潮社
2017-04-28





水木さんの助手をして日当で生活をしていた頃、つげさんが寿司屋で昼食をとっていたら、偶然そこへ予約の折詰を受取りに水木さんがやって来た。
ひどい貧乏生活をしていたつげさんは何か身分不相応で悪いことをしているのを見つかったような気がした。
慌てふためいてその場で棒立ちになって口もきけないでいた。寿司屋の店員が何事かと驚いたほどだったという。
水木さんはというと、チラッとつげさんを見てにこりと微笑んだだけで出て行った。
食事を終えて水木邸へ仕事をするために戻って来たつげさんを水木さんは、

 「あんたがあんなに驚くもんだから、私は自分が刑事になったような気がしましたよ。」

とユーモアで慰めた。


つげさんはこう振り返る。
「その一件以後、苦労人の水木さんに私はあらためて親近と信頼感をおぼえた。」



つげ義春ワールド

つげ義春 「ガロ」時代 [ 正津勉 ]

つげ義春大全別巻の二の紀行文やエッセイが大変興味深い。ボクは東京の下町を知らない。昭和20年代の田舎で生まれ育ったから、つげさんの文章に綴られた下町の暮らしぶりを読んで驚くばかり。

他の漫画家についても語っている。
手塚先生とは三度会った。いつも丁寧に質問に答えてくれた。
横山さんが「音無しの剣」で登場した時はうまいなあ、とてもかなわないと思った。
水島さんの山の手育ちでインテリぽく明るい家庭に憧れかつ嫉妬した。


辰巳さんは温厚な常識人だったが作品は一番影響され憧れた。
白土さんの模倣をして時代物を描いて生活費を稼いだ。釣りや旅行は氏の影響だった。
水木さんは恩人だというふうなニュアンスで話されている。

水木さんの助手をして生活費を稼ごうと面接に言ったら、こたつの部屋に通され、水木さんはごろりと寝転がって話をされたので自分も気が楽になって同じように寝転がって話をした。

自分が給料をもらいに行くと、後で知ったのだが奥さんが質屋に走ったり、借金に走ってつげさんの給料を渡してくれた。
ガロが原稿料を払えない時は、白土さんが肩代わりして払ってくれた。けど、白土さんも質屋なんかで工面していたらしい。
辰巳さんの出版社でも描いたが、原稿料は辰巳さんが借金してきて払ってくれた。

ぜんぶ当時は知らなかった。あとから聞いたとのこと。

つげさんは感謝や尊敬の念をもって他の人の事を書く。

ボクは読んでいてジーンとした。。



大漫画家からの返信メール



週刊誌の編集をやったことがないので詳しいことは分かりません。ですから、以下は私の想像です。漫画家から聞いた話と、知り合いから聞いた週刊誌の事情を元に、類推したものです。正しいかどうかは判りません。

週刊誌の連載は大変で、どの漫画家もギリギリの状態でこなしています。アシも大変で、スケジュールはガチガチ。合併号が出せたからといって、一週間たっぷり休めるということにはならないのです。ましてや合併号の出る時は前倒しで原稿を上げなければならず(お盆進行、年末進行)、その負担は普段以上で披露困憊です。応援にアシを雇う漫画家は少なくありません。そこで制作のペースを崩すこともあります。漫画家からすると「合併号は迷惑なだけ」なのです。

合併号の次の号の話がつまらなくなるというのは、待たされた分その漫画への期待が大きくて、再開された話がつまらなく思えてしまった…ということではないかと。心理的要因が大きかったのでは。そんな気がします。読者にとって二週間待つのは辛いですもんね。
絵のクオリティが落ちたのはたまたまで、筆の達者なアシが抜けていたとか、そういう理由があったのかも。

鉄人の話は、おそらく御大の推理通りだと。アシの方が描くというのは考えられませんから。

で、この影丸バッジ、私も持っていました。サンデーに申し込んで手に入れました。懐かしいなぁ。実家に残っているかも。

〈「少年ケニヤ」の山川惣治〉ジャングル大帝の手塚治虫・石森章太郎・ちばてつや・横山光輝・梶原一騎・辻なおき・白土三平等々すべての漫画家に影響を与えた伝説の絵本画家

〈「少年ケニヤ」の山川惣治〉ジャングル大帝・仮面ライダー〜カムイ伝、、、、手塚治虫・石森章太郎・ちばてつや・横山光輝・梶原一騎・辻なおき・白土三平等々すべての漫画家に影響を与えた伝説の絵本画家  




昭和36年(1961)5月に「日本教育テレビ」(後のNETテレビ→テレビ朝日)が山川惣治原作「少年ケニヤ」を実写ドラマ化を皮切りに、テレビ放送を開始した。時に、山川惣治51歳である。

山川惣治―「少年王者」「少年ケニヤ」の絵物語作家 (らんぷの本)

戦前戦後と運命に翻弄され続け、苦労を重ねた紙芝居作家の作品が、実写ドラマ版とは言えテレビの電波に乗って日本中の茶の間に届いた記念すべき瞬間であった。 山川惣治明治41年2月28日、福島県生まれの紙芝居作者、絵物語作家でる。
少年ケニヤ」は昭和26年より産業経済新聞で連載が始まった。 「少年ケニヤ」のテレビ放送時、筆者は小学校一年生であった。テレビドラマ化したことがあまりにも嬉しくて、ブラウン管の前で飛び上がった記憶がある。
実はそれより以前、5歳の頃の筆者は、貸本屋絵物語少年ケニヤ」を見てどうしても欲しくなった。貸本は当時一冊5円で1日借りる事ができた。翌日には、返却する決まりだ。ところがその本だけはどうしても自分の家に置きたかった。親にねだって貸本屋の親爺から3冊30円で買い取ってもらった。
その時、筆者はまだ字が読めない。しかし、絵を見るだけで十分ストーリーが理解できた。本の表紙には紅顔の美少年、金髪で豹の毛皮を身にまとった美少女、恐竜、大蛇、アフリカのサバンナが描かれていた。写真かと見紛うほどの描写力で人物も動物もアフリカの自然も生き生きと、かつ美しく描かれていた。
筆者は、山川惣治はアフリカ、ケニヤの住人なのだと思っていた。あに図らんや、取材で初めて山川惣治がアフリカの大地に立ったのは昭和55年72歳の時であった。

少年ケニヤ (5) (角川文庫 (5527))

山川惣治は平成4年に84歳で亡くなるまで絵筆を握った。その生涯で少なくとも日本を代表する七人の漫画作家に影響を与えている。この7人は「漫画の神様」「巨匠」「大家」「名人」「カリスマ」「巨星」「奇才」等と呼ばれている。

ジャングル大帝(2) (手塚治虫文庫全集)

まず、神様・手塚治虫の「ジャングル大帝(1950)」である。これは、山川惣治の「少年タイガー」(1933)及び「少年王者」(1947)の影響を受けたものと思われる。アフリカの奥地で動物達と共存しながら悪と戦う。主人公が人間の少年から白いライオンの子に変わったと言う点を除けばプロットはそっくり。

仮面ライダー VOL.2 [DVD]

巨匠・石森章太郎仮面ライダー」(1971)は、「虎の人」(1949)の人造人間と言う設定がそっくり。

タイガーマスク(1) (週刊少年マガジンコミックス)

大家・辻なおきタイガーマスク」(1972)も、「虎の人」。これはタイガーマスクと虎の人絵がまったく同じ。瓜二つ。
 

紫電改のタカ (1) (中公文庫―コミック版 (Cち1-1))

名人・ちばてつや紫電改のタカ」(1963)は、「ノモンハンの若鷲」(1939)だ。戦記物なので似るのはやむを得ずだが思想的には真逆のところが救われる気がする。

バビル2世 《オリジナル版》 6


 

カリスマ・横山光輝「バビル二世」(1971)のしもべ「ロデム」。普段は黒豹の形をした変身生物だが、これは「少年王者」(1947)の主人公の親友・黒豹「ケルク」だ。「しもべ」と「親友」。呼称は違っても、常に主人公に寄り添い従い危機を救うと言う役どころも一致。

甦るヒーローライブラリー  第32集  チャンピオン太 コレクターズDVD  <デジタルリマスター版>【主人公の太役の子供が前田日明に似ている】

【みんなよく知ってると思うけど、ボクが言う必要ないけど、「死神酋長アントニオ」役は猪木寛至さん】

 

 

 

巨星・梶原一騎。「チャンピオン太」(1964)の必殺技「ノックアウトQ」という名称。これに関しては、彼は正直だ。梶原は山川惣治先生のボクシング絵物語「ノックアウトQ」(1949)が大好きで、そのまま名前をパクったことをカミングアウトしている。

あしたのジョー(4) (週刊少年マガジンコミックス)

また、「ノックアウトQ」に出合わなかったら自分は高森朝雄として「あしたのジョー」を書いていないと断言している。ひょっとすると辻なおきに「タイガーマスク山川惣治の『虎の人』の通りに描くよう」に要請ぐらいしたのかも知れない。

カムイ伝 9(鬼相の巻) (ゴールデン・コミックス)

最後は奇才・白土三平カムイ伝」(1964)だ。白土三平山川惣治のどの作品からも画風、思想とも影響されていない。しかし、白土に紙芝居の描き方を伝授した金野新一は山川惣治の愛弟子である。つまり、白土は山川の孫弟子に当たる。山川がいなければ白土の名作「カムイ伝」はこの世に存在しなかったかも知れない。
 
以上は実在の人物と作品であるが似ている、瓜二つ、そっくり、パクった等と言うのは、あくまで筆者の感じ方である。ご容赦いただきたい。
また、この他にも影響を受けた大漫画家がたくさんいると思う。ご存知の方は、ご教示いただければ幸いである。

連載漫画の単行本第一巻目を読む『サイボーグ009』石ノ森章太郎


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最後に行った図書館は漫画に関するコーナーが充実していた。それで、

それぞれの作品の第一回目を知りたいと思ったからだ。

借りた本は、

サイボーグ009

ジャングル大帝

ベルサイユのばら

リボンの騎士

の四冊だ。

まず最初に読んだのは『サイボーグ009』平成元年11月初版、秋田書店から税込み1020円である。少年キングで連載されていたはずが、秋田書店から出ている。よくあるという大手出版社のバーター取引のやつかなと思いつつ、自信がないため同級生の大漫画家兼名編集者に尋ねてみる。

 

まず本を開いてしまったと思った。この第一巻の収録作品は雑誌連載当時の第一回目の作品ではなかったのた。定価とページ数との兼ね合い、デザイン、作者の意向等々、読者とは無関係な大人の事情で、どうも掲載順は変化するようだ。

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内容だが、良くまとまっている。絵もきれい。物語の導入や進み具合、クライマックスなんかも素晴らしい。なんせ、『漫画家入門』の著者だから。

 

けど読みながらボクは寝てしまっていた。なので、内容は覚えていない。

ひばり書房『竜虎剣吹雪』(成島一夫)もう一度読みたい漫画本



五歳の時貸本屋で親に買ってもらったひばり書房の
『竜虎剣吹雪』(成島一夫)がふっと頭に浮かんだ。
もう一度読みたい。終活してるのになぜこんな事を思い付いたのだろう。
まだ字が読めない頃、読み聞かせてもらったからか。
ヤフオク見たらオークション終了していた。
残念。読みたい。欲しい。読みたい。   

☆       ☆


五歳の頃、貸本屋で親に買ってもらった本。

ひばり書房、成島一夫『竜虎剣吹雪』が突然読みたくなった。

覚えていたのは『りゅうこけんふぶき』という音だけ。

ヤフオクで検索すると、 ひばり書房から出ていて、 作者が成島一夫と言う人で、

タイトルは『竜虎剣吹雪』と言う字を書くのだと分かった。

終活ジジイのボクがなんで突然そんなことを思ったのか?

60年以上忘れていた本の名前が音オンだけとは言え

頭の中に振って来たのか?

ぼけてんのか。 あす、できたら病院に行こう。

  ☆        ☆

当時一冊五円で何日か借りていた。
気に入った本は十円出せば売ってくれた。
あの古本屋 ( 貸本屋でなくてフルホンヤとボクらは呼んでいた。)の
親父は新聞広告の裏が白いやつをはさみで切って
それを閉じ紐で閉じたものを貸出台帳に使っていた。
その広告の裏に本の名前とボクの名前と住所と 貸出日を
鉛筆をなめながら書いていた。
返しに行くと、また鉛筆をなめて横一本線で抹消していた。
回収済みと言う意味だろう。


あの親父は子供の目から見ると自分の祖父くらいに見えた。
あの親父生きていたら120歳くらいだ。