銀行

入れ替わった二枚の計算書

昔話で恐縮ですが。

部下が青い顔をしてやってきた。
「A社にB社の割引計算書が届いたとの電話がありました。」
A社は優良先のメーカーで商手の割引レートは2%に優遇されていた。
そこに要注意先の連続赤字企業B社の計算書が誤封入されていたらしい。
B社の割引レートは6%と、最も高いレベルのレートであった。

(逆だったら一騒動あったところだとほっとした。)
A社にしてみれば、
(今時、こんな高いレートで割引している企業もあるのか?気の毒に。わが社は恵まれているなあ。)
その程度の反応に違いないと思ったが。


が、愕然とした。A社の2%の割引計算書はB社の封筒に誤封入のまま発送されたのではないか?
まずそうに違いない。
で、2%の割引計算書を見たB社の社長はどんなふうに感じるだろう。
零細な赤字企業だとしても社長はまじめに事業を営んでいる。
有名会社で優良企業と評判のA社並みとはいかなくてもせめて3%か4%なら我慢できるが他者の三倍もの金利を徴収されていると知ったらB社の社長は間違いなく怒るであろう。
場合によっては取引解消にもなりかねない。

私はすぐに営業課長にB社に行き謝罪してくるように命じた。
私もできる限り早く約束のある来客との面談を済ませてからB社に向かうと告げた。


来客は単なる表敬訪問だったのでそこそこに済ませて私はB社に車を向けた。
B社の小さな事務所兼工場が得て来た時、営業課長の姿が見えた。
彼も私に気づいてにこにこ笑いながら近づいて来た。

「大丈夫でした。事なきを得ました。」
彼は右手に封緘の破られた封筒を持っていた。

「社長はいたのか?」
「いいえ。留守です。事務所も鍵がかかっています。」
「じゃあ、君。その封筒はどうしたんだ?」
「郵便受け見たら当行からの封書でしたからちょっと失敬して開封したら案の定A社宛の計算書だったので回収してきました。」
「えっ⁉そんな事をしたら郵便物の窃盗と開封で罪になるだろう‼」
「いや、ばれなきゃいいんですよ。それとも、支店長はB社と揉めたいんですか?こうすることがB社の社長にも迷惑をかけない事になるんですよ。」

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結局、私は営業課長の行為を黙認したがその後二度と管理職につかず退職した。



銀行の卑怯者の話・拳銃のようなものを持った男が金を出せと言って飛び込んで来た時の支店長の態度

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銀行強盗だというので店内はパニックになった。
支店長は真っ先に営業室内の金庫室内に逃げた。
女性行員と交際していることを周りに秘密にしていた男性行員は
彼女の手を引いて金庫室に逃げた。
残りの者はすべて営業室内に取り残された。


支店長は金庫室内から手だけを出して「早く帰ってもらえ!」と叫んだ。
次長が犯人に「なんぼほしいんじゃ?」と尋ねたら「27万円。」と随分中途半端な変な金額を言った。
皆、犯人の顔を見た。口をぽかんと開いて視線は宙を泳いでいる。
薬物中毒か?酔っぱらいか?


皆がいぶかしく思い始めたところへ誰かが通報したのか、警官が飛び込んで来た。
犯人はあっけなく逮捕された。けが人はなし。
犯人の挙動が不審で隙だらけの態度、拳銃が玩具のように見えたこと、
口を開けたまま動きや会話の反応が鈍い等を通報を受けた警察側で
電話の受話器から聞き取り判断した結果、突入逮捕という方針が奏功したのだった。


果たして拳銃はモデルガンで、犯人は銀行支店の近隣の知的障碍者施設に
入居していた18歳の園生であった。

わが身可愛さで部下を守らず真っ先に金庫室に逃げて
部下の次長に犯人との交渉を押し付けて
「早く帰ってもらえ!」と叫んだ支店長は事件後、
ただ一人転勤になった。本部総務部郵便室と言う部下のいないポジションに左遷させられた。


本部に自分が銀行強盗を逮捕したかのように虚偽報告をしていたのが
部下や顧客の口から本部役員ゃ頭取にまで伝わり
全く信用を無くしてしまったのである。




簿記や会計のできない銀行員



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ボクは三桁の加減乗除の計算が苦手だ。筆算のことである。そろばんや電卓では何も問題ない。

だから小学校の時の算数は2であった。筆算が困難、できない、なぜそうなるのかわからない。

多分そういう病気だと思う。それでよくもまあ40年近くも金融機関勤めができたものだと思う。

困ったのは企業分析の連結決算の時だった。

通常、損益や利益を親子企業の規模で案分して求めるがその計算が遅い。

だから徹夜や持ち帰り残業がしょっちゅうであった。現在は情報漏洩にあたるので禁止行為だが、

そういうことをしていた。

計算が早くなるように努力してもどうにもならないので、徹夜しても翌日に響かないように体力養成に

務めた。

そうして定年退職したが退職記念の食事会でかつての上司の頭取がボクに言った。


「簿記や会計のできない銀行員は珍しかった。昇進や昇給の推薦を書こうとしてもその点が引っかかってどうしようもなかった。」


出世せず銀行員としては名も財も残せなかったが健康で長生きできているだけでもありがたいと思っている。




身近にいた詐欺男

22歳から60歳になるまでの銀行員生活の中で同じ支店に二回勤務すると言う事があった。
大半の銀行員は支店勤務で特に優秀な人でない限り本部勤務になることはない。在勤中3、4年に一度の割合で地方を転々と移動して回る。これはキツイ。慣れたころに転勤とはよく言われることである。考えてみると、いくら仕事の内容は同じと言っても顧客の顔ぶれが変わったり、営業行員だと勤務するエリアの道を覚えるだけでも大変な苦労である。

その点、この同じ支店に二回目の辞令をもらった時はうれしかった。前回同様、外回りの営業担当になった。営業担当は毎月厳しいノルマを課せられるので既存の取引先を知っているだけでもありがたい。どこの顧客が大口預金先でどこの法人が融資を受けたがっているか、記憶しているから、既往取引先を回るだけでノルマは達成できる。後は新規先を開拓してどれだけ資金量(預金額)、融資量(貸出額)を伸ばせるかでずいぶん成績を伸ばせる。

その二回目の支店勤務で赴任早々、店頭で旧知の個人事業主に会った。彼は人懐っこい笑顔を見せて私に近づいて来て言った。

「おかえりなさい。また、この支店勤務になられたのですね。ご栄進おめでとうございます。また、融資などでお世話になります。」

正直、栄進した訳ではなかったのだがお世辞でもうれしかった。そしてこんなに暖かい声をかけてくれたのは彼だけであった。

「今はこういう仕事をしています。」

彼は或る社会福祉法人の理事長の肩書の名刺を私に手渡した。その日は挨拶だけで別れたが、後日訪問して預金か貸付の協力をお願いをするつもりであった。

赴任して三ケ月経過したが私のノルマ消化は順調であった。と言うよりは絶好調で成績を伸ばした。何しろ二回目の支店勤務と言うのは小学生が同じ問題の算数の試験を二回受けるようなものである。
答えの分かった試験問題で赤点を取る子はいない。

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四か月目に入って一週間経過してその月のノルマは達成していたので余裕ができていた。例の社会福祉法人へ行き理事長に面会を申し出た。受付嬢は何か怖いものを見るような目つきで私を見、上司に替わった。
「どういう御用件ですか?」
まるで木を花で括るようなつっけんどんな態度で総務課長と言う人物が言った。

「あの人は名前だけの理事長で法人の名を語りあちこちで詐欺まがいのことをしているし、近々理事会で退任勧告する予定なんです。お宅の銀行も何か被害にあったのですか?そうだとしても当法人とは無関係ですから。お引き取り下さい。」

総務課長はとんでもないことを言った。私は呆れたがそのまま退出し、理事長氏とは音信不通のまま、赴任五か月目を迎えた。ノルマの面ではラッキーが続き時間的にも余裕があった。すると支店長から一日だけ融資課長のフォローををしてやってくれと頼まれた。仕事の内容は支店で抱える不良債務者への訴訟案件で本日結審するのがあるから聞いて来てくれと言うものだった。

簡単な仕事だったので私は時間前に行き問題の訴訟事件の前の案件を傍聴席で見学した。席に座ってみているとやがて事件の被告人が呼ばれた。ある売買契約についての詐欺事件で被告人が事実関係をすべて認めたので本日判決を言い渡されるのであった。

被告人が席についた。顔を見て私は思わず声が出そうになった。なんと被告はあの社会福祉法人の理事長だった。私はかの社会福祉法人の総務課長の言葉を思い出した。

「あの人は法人の名を語りあちこちで詐欺まがいのことをしている。お宅の銀行も何か被害にあったのですか?」

茫然としていた私は数分後に自分が仕事で来た事件の開廷が始まるので気を取り直して何とか落ち着いた。

裁判所の帰り道思った。大半の顧客は二回目の勤務の私になんら関心も好意も持たない。友人でも何でもないのだから当たり前だ。一人だけ笑顔でお帰りなさいと優しい言葉で近づいて来た男がいたがあれは詐欺師の常套手段の初めの一歩であったのだ。
ふとしたことから詐欺師の正体を知ることができて幸運だった。




或る倒産の現場・銀行の話


「“コロナの借金”が返せない!? ゼロゼロ融資・42兆円の反動」



ボクがまだ銀行員だった時のことだ。ある倒産事件を思い出して胸が痛くなることがある。

通常、銀行員が倒産の現場に出向いたところで得るものは何もない。苛立った債権者の群れに混じっても、ろくな目にあわない。銀行員は場馴れしていないため、黙っていても必ず周りに正体が知られてしまう。

そして、素人債権者や下請け、従業員たちに囲まれて社長の個人預金はわしらの未払い代金として現金で持って来いと怒鳴られたりすることがある。

たとえ銀行に倒産企業の口座が残っていて、何十万円かの預金があったとしても、何千倍かの回収できない貸出金があるとすれば、銀行こそが不幸な最大の債権者だと言う考え方は否定されなくても良いはずだ。

正式の債権者集会でさえ、銀行だけが一番や二番の上位に抵当権を付けて、借り手が倒産するとすぐ差し押さえ競売を申し立て、涼しい顔して貸金回収をする。そんなふうに思われている。

事実、ボクも銀行員時代は罵声を浴びせられたこともある。しかし、これは見当違いの八つ当りもいいところだ。一般債権者が妬むほどのガチガチの保全主義は、そうでもしなければ、他には何ら強力な貸出金の回収手段やノウハウを持たない銀行にとっては無理からぬことなのである。

では、何ら「担保」「保証」を持たない「信用貸出」の先が倒産したら、銀行はどうやって債権回収をするのだろうか。

「バルク・セル」と言って債権買い取り会社に債権残高に比して、ほとんど二束三文に近い値段で「叩き売り」するのである。

だから、臆病な銀行にとって、信用貸付はレア・ケースである。経営者の人柄や企業の将来を信じて担保も保証人も付けずに貸し出すことはほとんどあり得ない。

しかし、ボクはかつて、例外的に一部上場家電会社の部品製造下請け会社に対して1億円の短期融資案件を実行したことがある。ところが、1億円の融資時点ではN社の資金繰りは破綻していたのだ。

1回目の不渡りを知ったボクは、N社を訪問した。すると既に事務所は債権者で溢れ返っていた。反社会的勢力とおぼしき連中に両側を固められたN社の社長が、社屋から玄関前に停車された黒い大型車に乗せられようとしていた。

社長と目が合ったので、思わず「社長! ギブアップするの?」とボクが問いかけると、反社の若い衆が「こら! 何じゃ、われ! 帰れ!」と恫喝してきた。そしてそのまま社長を乗せた反社の車は走り去った。

未回収確定の1億円の貸出金、自分に対する懲罰処分、そんな些末な不安より、N社の社長に裏切られたと言う感情がボクを責め苛んだ。

社長が連れ去られた後、N社の駐車場に集まった債権者に向かって呼び掛ける怪しげな事件屋の声がいつまでも響いていた。

「債権買うよ~。手持ちの請求書だけでもいいよ。債権額の5%から10分の1で!」

倒産の現場には、債権者と債務者、そして怒りと悲しみしかない。

続・銀行の話①

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自分はサラリーマンだから不正行為を指示されても上司に従うが蜥蜴の尻尾切りされたら不正を公開してやるといったAだが競売申立の帰り喫茶店で熟睡中、持ち出した頭取名の訴訟印をバッグごと盗まれて処分された。

出世しなくても真面目に勤める銀行員の方が尊敬できる。

Aは賢いがふまじめな男だった。

不良債権回収係

ボクがまだ銀行員だった時のことだ。ある倒産事件を思い出して胸が痛くなることがある。
通常、銀行員が倒産の現場に出向いたところで得るものは何もない。苛立った債権者の群れに混じっても、ろくな目にあわない。銀行員は場馴れしていないため、黙っていても必ず周りに正体が知られてしまう。
そして、素人債権者や下請け、従業員たちに囲まれて社長の個人預金はわしらの未払い代金として現金で持って来いと怒鳴られたりすることがある。
たとえ銀行に倒産企業の口座が残っていて、何十万円かの預金があったとしても、何千倍かの回収できない貸出金があるとすれば、銀行こそが不幸な最大の債権者だと言う考え方は否定されなくても良いはずだ。



上の記事は退職して一年後くらいの時期に悔しさに任せて書いたものである。今もそうだが当時も酷い文章である。読む人にはさっぱり伝わらないと思うが辞めるボクは在行時の不遇をぼやいているのだった。

銀行の後輩でセールスの達人がいて金貸しの技術は素晴しかった。借入してくれる顧客の質を問わなければまさに貸出量だけは突出していた。
その男が中途依願退職する時に、辞める理由をボクに語った。銀行に対する貢献度は同僚の何十倍もあるのに何で奴らと同じ給料しかもらえないのか納得できない。ノルマ主義実力主義の企業に再就職する。

後輩は帰国子女だから子供のころから欧米風の実力主義が身に付いていたのだろう。それはそれでよいし、あれから十年以上たつがキチンと飯が食えているらしいので彼の考えは間違っていなかったのだろう。


さて翻ってボクの話である。
ボクは普通の銀行員と違った業務内容だった。
回収屋、不良債権の回収係であった。当時はこの業務の担当者は優秀な行員のやることではなかった。不良債務者つまり銀行にとっては、焦げ付きや自己破産者も含めて、あまり有難くない客の相手をする係であった。

しかし、退職した帰国子女の後輩と同じような考えは
不良債権の回収係のボクにもあった。
今月は何千万、今期は何億円の回収をしたことか。会社に対する貢献度は、貸出成績の優秀者なんかよりよっぽど高い。不良債権回収屋としての矜持であった。

事実、どんなに貸出を増やしたとしても回収不能の不良債権となれば銀行の損失は増えるばかりだ。利息は入らない。元金さえ戻らない。こういうロスは銀行の収益をどんどん食い潰していく。そういう焦げ付き債権を回収したり、延滞していた利息を回収することは銀行の利益に多大な功績を与えている。

そういう事を知らないわけではないのにバカな経営者どもは貸出金を増やしたり預金獲得ノルマを達成する行員を褒める。人事考課では高評価を与え昇進させる。結果、ノルマ達成にしか興味のない行員が出世していく。



サラリーマンとして希望が無くなったり働くことの意義を感じられなくなった時は潔く退職して正解である。誰にも遠慮はいらない。一度きりの自分の人生後悔することのないよう精一杯生きるべきである。残念ながらボクは前述の帰国子女行員のように自分の待遇を不満として銀行を途中退社しなかった。

しかし、これについても後悔はない。不遇の時代と自分で思い込んでいたあの時期に他の行員が経験できないような債権回収と言う仕事を通じて貴重な経験ができたと思っている。

民事執行法にのっとって裁判所に競売申し立てをして国家権力で回収する、バルクセールと言って債権買取専門会社に債権売却して回収する方法、信用保証協会に代位弁済してもらう方法、連帯保証人から回収する方法、いずれの方法を取ったとしても債務者に憎まれたり恨まれたりしては何にもならない。

そのために債務者と向き合い、よくその意見を聞き、時には相談に乗り、そして互いの状況を改善していく。そういう努力をしてその方法を身に着けたのはその時の苦労が元になったのだと思う。



不良債権回収の手引き (債権回収実務手引選書)

銀行の話 〈企業倒産の現場〉




ボクがまだ銀行員だった時のことだ。ある倒産事件を思い出して胸が痛くなることがある。

通常、銀行員が倒産の現場に出向いたところで得るものは何もない。苛立った債権者の群れに混じっても、ろくな目にあわない。銀行員は場馴れしていないため、黙っていても必ず周りに正体が知られてしまう。

そして、素人債権者や下請け、従業員たちに囲まれて社長の個人預金はわしらの未払い代金として現金で持って来いと怒鳴られたりすることがある。

たとえ銀行に倒産企業の口座が残っていて、何十万円かの預金があったとしても、何千倍かの回収できない貸出金があるとすれば、銀行こそが不幸な最大の債権者だと言う考え方は否定されなくても良いはずだ。

正式の債権者集会でさえ、銀行だけが一番や二番の上位に抵当権を付けて、借り手が倒産するとすぐ差し押さえ競売を申し立て、涼しい顔して貸金回収をする。そんなふうに思われている。

事実、ボクも銀行員時代は罵声を浴びせられたこともある。しかし、これは見当違いの八つ当りもいいところだ。一般債権者が妬むほどのガチガチの保全主義は、そうでもしなければ、他には何ら強力な貸出金の回収手段やノウハウを持たない銀行にとっては無理からぬことなのである。

では、何ら「担保」「保証」を持たない「信用貸出」の先が倒産したら、銀行はどうやって債権回収をするのだろうか。

「バルク・セル」と言って債権買い取り会社に債権残高に比して、ほとんど二束三文に近い値段で「叩き売り」するのである。

だから、臆病な銀行にとって、信用貸付はレア・ケースである。経営者の人柄や企業の将来を信じて担保も保証人も付けずに貸し出すことはほとんどあり得ない。

しかし、ボクはかつて、例外的に一部上場家電会社の部品製造下請け会社に対して1億円の短期融資案件を実行したことがある。ところが、1億円の融資時点ではN社の資金繰りは破綻していたのだ。

1回目の不渡りを知ったボクは、N社を訪問した。すると既に事務所は債権者で溢れ返っていた。反社会的勢力とおぼしき連中に両側を固められたN社の社長が、社屋から玄関前に停車された黒い大型車に乗せられようとしていた。

社長と目が合ったので、思わず「社長! ギブアップするの?」とボクが問いかけると、反社の若い衆が「こら! 何じゃ、われ! 帰れ!」と恫喝してきた。そしてそのまま社長を乗せた反社の車は走り去った。

未回収確定の1億円の貸出金、自分に対する懲罰処分、そんな些末な不安より、N社の社長に裏切られたと言う感情がボクを責め苛んだ。

社長が連れ去られた後、N社の駐車場に集まった債権者に向かって呼び掛ける怪しげな事件屋の声がいつまでも響いていた。

「債権買うよ~。手持ちの請求書だけでもいいよ。債権額の5%から10分の1で!」

倒産の現場には、債権者と債務者、そして怒りと悲しみしかない。

無給医のニュースで気の毒な医師夫婦を思い出した


【以下はネットニュースからのコピー】
無給医。有給ポストが限られるため、教育を受ける身として研鑽中のためと、様々な背景により存在しています。(NHKニュースでも「大学病院の“無給医”“ただ働き”の実態」として放送)。


☆        ☆
医業界にこんなバカな風習があるから医は算術みたいな愚か者が医者の中にいるのだ。

ボクが銀行で病院担当をしていた頃の話だ。開業医の性格の悪い夫婦の医師がいた。男の方はボーッとして診療技術の方も?と患者間でうわさされていた。女の方は金に汚く他人を見下すようなところがあった。この女の頭には一種カースト制度のような発想があり、製薬会社のセールスマンが最も下にいて、次が銀行や出入りの営業マン、その上がお客さん(患者の事。この女は陰で本当にそう呼んでいた。)、最上位が医師であった。

医者がこの女の発想する身分制度の頂点なのだが、その中にもランクがあったようだ。理由は不明だが歯科医が底辺で、その上が美容整形外科、外科、内科の順番で身分が高いらしい。ちなみにこの夫婦は呼吸器内科だった。その割には二人とも酸欠状態の金魚みたくいつもアップアップしていた。精神的に余裕がなく、いつも身分の低いボクらを罵倒していた。

通帳を見るのが楽しみでボクを足代わりに呼びつけては診療報酬の振込入金される口座の通帳の記帳をさせた。
診療報酬を「水揚げ」と呼び、現金収入を「日銭」、患者を「お客さん」、ボクらを「銀行屋」と、蔑んだ。その病院で知り合った製薬会社の営業マンが嘆いていた言葉を思い出す。

「院長が電話ですぐ来いというから10時に来たのに診察中と待たされ、昼休みだ昼寝だと延ばし伸ばしにされ、夫人に抗議したら『うっとおしい!』と怒鳴られて会社に担当者を変えろと電話されました。」

ボクも同じ目にあわされたことがあった。理由は言葉遣いが悪いというものだった。女医を「奥さん」と読んだら「女医先生」と呼べと言われた。

夫婦のきげんの良い時には結構話し込んだりしたが、自分たちの苦労話と自慢話ばかりであった。その話の中で「僕たちは人生の前半で仕事の対価に見合う報酬を得てないのでこれからは金儲けをしたい。」という発言があった。


先日その病院のあった町に行ったが病院は跡形もなく消えていた。広大な病院の跡地はコンビニと駐車場に変わっていた。コンビニに入って店員さんに病院の事を訊ねたら「潰れましたよ。」と教えてくれた。気の毒な医者夫婦ではある。
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銀行の話・白い美少女


ボクの銀行勤務のオーラスは事務センターというところだった。十階建てのビルの三階が仕事場だったが8時~5時の残業一切なしの恵まれた「飼い殺し」職場であった。


 


僕のいた三階は一日中赤ペン持って、書類のチェックをするところだった。ここへ配属されてからノイローゼになったのもいるし、ここへ来る前に営業店では使い物にならなくなって飛ばされて来た者もずいぶんいた。


心因性の病で心療内科へ通院する者、営業店で不祥事を働いた者、傷害事件を起こした者、ハレンチ行為をした者、不倫が発覚して騒ぎを起こした者など等、現在だったら


懲戒解雇されて当然のような素晴らしいキャリアの銀行員たちの、言わば、吹き溜まりであった。


かく言うボクは、たった一回支店長の机を蹴飛ばして「あんたはバカか⁉」と言っただけである。ここに飛ばされた理由がわからん(今思えば、十分適格者だ。)と思った。


 


事務部であるから、書類、電算システム関係、検査関係、手形小切手の集中センター、それから硬貨の袋詰めなどもこのビルの中でやっていた。


最上階に食堂があった。


ここだけが唯一銀行の設備らしい雰囲気があった。それと男女比率が7対3で女性が多かった。


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昼飯時は他の部門の女性と同席して食事を取ることがあった。


夏でも黒っぽいのスウェットパーカーを着ている美少女がいた。冬はパーカー付きの黒のブルゾンを着ていた。実際は二十代後半らしいがボクには少女のように見えた。夏も冬もパーカーのフード部分で顔を覆うようにして一人で行動していた。他の女性行員は制服だったが美少女だけはパーカーを着ていた。


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陰気かというと、全然そんなことはなく、挨拶を明るい声で返してくれた。ちょっと見ただけだが肌が白くて目鼻立ち整って人形のような美少女であった。


 


ボクは後輩のTといつも食堂に行ったが、ほとんどパーカーの美少女と同じ時刻の事が多かった。Tはたちまち、パーカーの美少女に惚れ込んだ。Tは場の空気が読めず、営業店では上司同僚から相手にされず、得意先からもTに対しての苦情が頻発し、ここに来た。


 


そのTが美少女に告白するという日になって社員食堂のおばちゃんがTに言った。


 


「あんた、あの子を好きなのはよく分かるけど告白するのはやめな。」


Tが驚くとおばちゃんは話し出した。


 


「あの子は紫外線がだめなんだよ。夏も冬も黒い頭巾のついた服着てズボン履いてるだろ。光線に当たると体調不良になるんだよ。それであの格好してるの。警察にもたびたび職務質問されるって。かわいそうだろ。あの子は恋愛も結婚もとっくに諦めてるのさ。結婚して自分と同じ体質の子が生まれたらかわいそうだって。友達も作らない。自分と仲良くしてもらっても、突然自分が入院したら周りは悲しむと思ってるの。」


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「だから、挨拶だけにしときな。」


 


Tは絶句した。ショックを受けていたようだ。


「先輩、俺、今日、飯は要らないス。」


と言ってTは食券をボクにくれた。


 


その後ボクは、事務部長の机を蹴飛ばしたので飛ばされる先もなく早期退職となった。


 


 


Tと美少女がどうなったのかボクには分からない。


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