テレビ・映画

2017.9.8<追悼・高倉健さんに想う>「当局の犬」と呼ばれた「鉄道員(ぽっぽや)」がいた


高倉健 Blu-ray COLLECTION BOX



高倉健さんが亡くなった。83歳であった。

近年の高倉健さんの名作映画といえば「鉄道員(ぽっぽや)」 (1999)だろう。「鉄道員」と言えば、ボクには忘れられない一人の鉄道員<彼>のことが思い出される。

鉄道員(ぽっぽや) [Blu-ray]


瀬戸内の小さな港町・多度津香川県)での話だ。この小さな港町には過ぎたるものが二つある。一つは桜の名所の桃陵公園。春には港の南の丘陵全体が桜色に包まれる。

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多度津町海岸寺弘法大師(空海)の生誕地ともいわれている。

また、この町には少林寺拳法の総本山がある。

さらに余談ながら多度津町の隣町が、要潤さん、桃田健斗さんの生まれ故郷である。)

少林寺拳法

 
 
 

もう一つは、日本初の鉄道会社、明治時代に設立された「讃岐鉄道株式会社」である。
戦後、日本国有鉄道となり、最盛期には人口8000人のこの町の工場だけでも2000人の
労働者がいたという。

国鉄時代 2019年11月号 Vol.59


鉄道員の<彼>の父親は明治生まれの腕上手の「指し物(木工品)」大工だった。
しかし、戦災孤児であった姪を含めた6人の子供を養っていた。そのため、
机やタンスは作っても商売はできず、売掛金の未回収が重み、生活は困窮した。

戦後、<彼>は復員するとすぐ家族の生活の為に国鉄に就職した。しかし、
<彼>の職場は、駅でも工場でも列車の上でもなかった。経営当局の為に、
労働組合から情報収集することが彼に与えられた任務だった。

労組の過激分子は<彼>を「当局の犬」「裏切り者」と蔑んだ。

しかし、労組の委員長、執行部幹部連中は<彼>をかばい、可愛がった。
彼の明るい性格とお人好しを愛した。酒を飲めば朝まで一緒になって飲む。
麻雀をすれば弱いくせに徹夜で付き合う。そして労組幹部が何より
重宝がったのは、<彼>がバーターでもたらす、経営当局側の情報であった。  

屈せざりし者たち

 
 
酒飲んで麻雀して、飯食って騒いで組合員ややくざや共産党や、
大陸出身者など、いろんな人と知り合った。

ボクは、1975年10月21日から国鉄労組が8日間の「スト権スト」
ストライキを禁止されている労働者が、ストライキを行う
権利を求めて行うストライキ)を行った時の国鉄四国総局の
幹部に話を聞いたことがある。

 「昭和22年の2・1ゼネストは革命前夜という感じだった。
食う為の暴力闘争。それに対して10・21はイデオロギー
闘争だった。公共企業体としての国鉄職員のスト権の是非を
世間に問う為の闘争だった。そして、いずれの時代も
労使の間に立ち、闘争直前まで双方のことを考えた
少数の人たちがいた。彼らのおかげで四国高松管内の
ストライキ現場が血を見ることはなかった。」

 

写真記録 号笛、鳴りやまず


勤続三十年目に<彼>に係長推薦の打診があったが、自ら謝絶を
願い出た。そして次のように語ったのだ。

 「私なぞに役が付いたら、組合員の連中は私に話を
しなくなります。組合員は私をもう『当局の犬』とも
『裏切り者』とも言いません。私を『仲間』と
認めてくれています。

だから、私は定年まで、ただの『国鉄職員』でいたいのです。」

高倉健さんの逝去に際し、思い出される映画「鉄道員」。
これを思うたびに、ボクは<彼>のことが頭をよぎる。
 

駅 STATION

〈続・競艇場で大暴れ〉徳光さんと高田純次さん

徳光和夫さんと高田純次さんが競艇場で大暴れの続き。

徳光さんは、股関節が痛いとか、もう、歩けないとか言っていたが、競艇場のコースが見えたとたん、走り出した。
「早く行って舟券買わなきゃ。」

番組のロケの事なんか、どっかへ飛んでいる。 あと、予想屋からメモを買っている。
高田純次さんは、舟券売り場のおばちゃんに聞いている。

「ねえ。誰がいいの?」

「(そういう事は)言えないんですよ。」

⭐以下、余談だけど、


競艇場の職員に聞くと公営ギャンブル場は八百長防止のため、特に厳しく、職員さえ、レース関係者との会話はご法度だそうだ。

ましてや、選手となると、舟券購入の基準となる大事な対象だ。

○○選手は体調悪いらしい、絶好調出そうだ。こんなうわさを言う事なんかとんでもない。

職員と選手が親睦のソフトボールをやった時は、誰一人声を発することなく、全員無言で試合をしたそうな。

黙ってやるソフトボールの試合なんかつまらないだろうと思うけどね。

特番「じゅん散歩」×「路線バスの旅」博打じいちゃんたちたち!あかんやろ‼



じゅん散歩 (ブルーガイド・ムック)

今、テレ朝の地上波で「じゅん散歩」×「路線バスの旅」で徳光さんと純ちゃんが舟券買っている。

 

トータルでへこんだ徳さん、怒り心頭!

 

選手に怒号を浴びせている。

 

「この野郎!何やってんだ!泳いで帰れ!俺は生活費の半分をつぎ込んだんだぞーっ‼」

徳光和夫とくモリ! 歌謡サタデー Presents テイチク・アワー~百歌繚乱~

 

ボクらのヒーローたち


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映画俳優・赤木圭一郎が生きていたら、今年で75歳になる。ジェームス・ディーンと八代目・市川雷蔵は同い年だから、生きていれば、共に84歳だ。

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プロレスラー・力道山は満91歳のはずだし、ジョン・F・ケネディは生誕99年を迎える。いずれも筆者の幼い頃のヒーローたちである。もしも、彼らが生きていたら・・・と今でも残念でならない。

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ジェームス・ディーンは、1955年9月30日に24歳で交通事故で亡くなっている。筆者は一歳半だから、知る由もない。ジェームス・ディーンの存在を知ったのは、赤木圭一郎が亡くなってからあとのことだ。

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和製ジェームス・ディーンと言われた赤木圭一郎は、1961年2月14日調布撮影所で、ゴーカートに乗っていて事故を起こし、一週間後に亡くなっている。この時、筆者は7歳、小学校一年生だった。

7歳だったとはいえ、この事はよく覚えている。日活アクション映画の大ファンだった母親と初めて映画館で見たのが、小林旭の「銀座旋風児」だった。それは1959年のことで、筆者はまだ5歳。未就学児童で、「銀座旋風児」が言えず「銀座扇風機」と言って母を笑わせていたそうだ。

日活アクション映画では小林旭赤木圭一郎が大好きだった。石原裕次郎は大人のファンが多かったのと、裕次郎の放つカリスマ性と深いメッセージが複雑な思いがして苦手だった。

それに対して、小林旭の、なーんにも考えてないようなパープリンな底抜けの明るさと腕っぷしの強さ(という演技)、また赤木の暗い憂いを含んだ瞳と独特な早口の台詞回し、殺死屋のくせに決して人を殺さない拳銃の名手、劇中、突然流れ出す調子っぱずれだが一度聞いたら絶対忘れられない歌声、そのどれもが大好きだった。

赤木の死亡を知った時、筆者は「旭は大丈夫なの?」と母親に尋ねた。赤木は誰かに殺されたのではないかと妄想し、次いで小林旭の安否を尋ねたのだ。宍戸錠は竜(大好きだった「拳銃無頼帖」での赤木の役名)を殺す筈はない。

藤村有広が犯人に違いない。変な日本語を喋る謎の人を怪しいと思った。近所のお菓子屋の親爺が、子供心に藤村有広そっくりだと思った。

赤木圭一郎が死んでから、母親は映画を見なくなった。筆者もテレビばかり見るようになった。

その頃テレビでは、しばしば、アメリカの若き大統領ジョン・F・ケネディのことを報じていた。ケネディも子供達の間では、ヒーローだった。強くて大きく正しいアメリカの象徴だったのだ。

その大好きなケネディが死んだ! 銃で撃たれて殺された。すぐ犯人と言う男が捕まった。が、この犯人も白昼、公衆の面前で別の男に射殺された。それもテレビで知った。

アメリカは怖くて乱暴でめちゃくちゃな国になってしまった。それが、1963年11月22日のことでケネディは46歳。筆者は小学校3年生9歳だった。

驚いたことに翌月もヒーローが死んだ。同年12月15日、東京赤坂のナイトクラブで力道山が酔って喧嘩し、ナイフで腹を刺されて入院した。

テレビドラマや映画にもたびたび出演する正義のヒーローだった力道山だから、大したこと無いだろうと思っていたら、一週間くらいして、亡くなったとテレビが突然報じた。まだ、39歳だった。この時、筆者は泣きながら母親に、

「母ちゃん! なんで力道山、死んだんや?」

と、しつこく尋ねていた。正義のヒーローが死ぬと言う不条理に我慢が出来なかった。

それからは、子供心に熱中するヒーローを持つことを意識的に避けた。思い入れが深いほど、ヒーローが消えた時の悲しみは深いということを知った。

昭和のヒーローたちは夭逝の人が多かった。今、テレビの映像で昭和のヒーローたちの映像を見るたび、あの時代の悲しみが蘇って来る。ヒーローたちは生き急ぎ、時代を形づくり、昭和を駆け抜けて行った。

咲き定まりて 市川雷蔵を旅する

日テレの花咲舞に登場した悪代官みたいな支店長

花咲舞が黙ってない Blu-ray BOX

日本テレビ系「花咲舞が黙ってない」の第九話「消えた約束手形一千万円の話」を見た。

あれ? 似たような話が?・・・と、ついつい思い出すのは、以前、ボクが書いた「<星の降る町で100万円の手形をなくした話> 。これとプロットは一緒だと思った。

さて、「花咲舞」だ。ストーリーは途中から男女の話になって行くので別の話と気づく。

実は、手形をテーマにした映画や小説は意外と多い。手形法や手形交換所規則等、たくさんの約束事を知らないと扱いにくいし、思わぬ権利の落とし穴に入って、正当の権利者が権利を行使できない点はなかなか理解しにくい。また、手形事件ドラマには複数の関係者(振出人、支払人、受取人、割引人、非合法だがサルベージ屋、パクり屋、等々)が登場する。

そして、登場人物たちが、丁々発止、有りったけの知力、能力を駆使して手形の権利を争う。

古くは高木彬光の「白昼の死角」が出色の長編小説だ。「手形と簿記は人類が作った最も美しい経済上の作品」とゲーテが呟いたのもわかる。

今回のヒール(悪役)は東京第一銀行三鷹支店長・野口を演じた俳優の佐戸井けん太さんだ。

わざと「佐戸井けん太さん」と言わないとこの俳優に騙されそうだ。リアルに、三鷹地方銀行に行くとこんな嫌な支店長がいて部下を虐めているに違いないと錯覚する。

大事件発生にも関わらず、対策はそっちのけ、自己保身と責任転嫁に終始。「お言葉を返すようですが!」と舞の怒りは爆発する。現実にはこの手の管理者がほとんどだから、佐戸井さんの演技は完璧である。

拙稿「<星の降る町で100万円の手形をなくした話>は事実なのだが、あの事件を解決した青年支店長は部下を一度も叱責しなかった。ひたすら、事件解決にのみ全人格、全能力を注力した。後年、ボクが尋ねると、既にその地銀の役員になっていた彼はこう言った。

 「早く解決してお客と部下を安心させたい。それしか頭に無かった。」

ドラマでもリアルでも悪代官みたいな支店長がほとんどだが、稀には尊敬できる支店長もいる。

追悼・梅宮辰夫

一人二人と数えて五人。誰が呼んだか五人衆。「不良番長シリーズ 画像」の画像検索結果

ボクらのヒーロー赤木圭一郎〈薬物、殺人、性描写皆無の日活健全映画〉

「紅の拳銃」!かっこいいなあ。赤木圭一郎。

「抜き射ちの竜」、「霧笛が俺を呼んでいる」も良かったけど、こちらも良かった。


殺し屋のくせに一人も殺さずにお人好しで、事件に巻き込まれ、結局は正義のために戦う‼


寅さんのパターンに、どこか、似ている。