昭和

純烈異聞・笠置シヅ子の偽物ひばりと昭和

さて、それでは魚屋の娘は歌が好き、笠置シヅ子が好きは分かるのだが、当時の自分の立ち場は理解できたのだろうか?
ボクは無理だと思う。絶対音感の持ち主とは言え、小学生の加藤和枝ちゃんにブギの女王のものまねをする事の意味が分かるはずもない。
彼女はただただ、歌が好きで
笠置シヅ子が大好きだったのだ。

取り巻きが悪い。親、神戸の興行師、レコード会社。奴らは加藤家とひばりを破滅させた。

ただ美空ひばりと名付けられた小学生の彼女には罪はない。



翻って、純烈の偽物、パクリ、模倣犯、二番煎じ、昭和ムード歌謡を語ったいい歳のおっさん達はどうか?

君等にも事情があるだろう。生活も、家族も、そうすることの理由もあるだろう。

しかし、時代が君等を淘汰するだろう。美空ひばりが笠置シヅ子のマネをして生きた昭和の時代とは全く違う。

そんなことをして本当に世にでたいのか?君等のパクリもどきは君等がファンにしようとした対象の婦人連中にも失礼極まりないのではないか?

今のままでは君達に未来は無い!

救われるためには自分に正直に生きることだ。それが一番良い。

お節介だが、古希の爺が番組内でカミングアウトしている君等を見てそう感じた。


辛いのに自分を曲げて自分の理想とかけ離れた芸能活動してうまくいくはずがない。

純烈の試練と努力。偽グループの浅ましさ。

あの頃、つまり紅白出場直前の純烈のtension(テンション、和訳は緊張感)はMAXだった。

酒井くんは、

「おまえら受信料は払ってるやろな。週刊誌には気をつけろ。」

などとまじで言ってた。ライブでも言うてた。何しろ「夢は紅白、親孝行」が目標だったのだ。

下積み七年、戦隊ヒーローものの主役級とは言えみんな貧乏と苦労の果てにやっと光明を見い出し始めた頃だ。

林田達也君は残念なことに介護の為引退。友井雄亮君はスキャンダルで自ら潔く引退。

やっと掴みかけた栄光や幸福に背を向けて新しい道を選択した。

そんな純烈の挫折やひたむきな努力を踏みにじるようなバッタモンの偽グループは今すぐ解散してください。

それじゃなきゃ東南アジアかアフリカででもデビューしてください。そして、密林の奥でコンサートして実績積んでから国内デビューしなさい。純烈の爪の垢でも飲んでなさい。

随分な言いようだが、パクリで成功するほど芸能界は甘くない。わしは70歳の爺だが、ファンを舐めるな!バカヤロウと言いたい。

いっそ、大正か明治にしやがれ!パクリ屋め

林達也→林田達也君の間違い。
ごめん。
そら見ろ。爺のくせに純烈のパクリグループなんぞに腹立てて、つまらないこと書くから、たっちゃんの名前を間違えたりすんだよ。

でも、きのうの昼もパクリグループのメンバーが適当な苦労話を昼の番組内で語っていたから。

それが苦労にもなんにもなってない、つまんねえ話なんだ。ここに披露しようかと思ったがあんまりくだらないのでやめた。

ア◯モトもどこでこんなゴミ集めて来たんだ!パクリ屋め!
いっそ、グループ名を大正か明治にしやがれ!それか、元治か慶應にして、チョンマゲ結って刀指してデビューさせやがれ!
このバッタモンが!

純烈ファンはパクリ等歯牙にもかけない

模倣、パクリ、二番煎じ、本当に愚かで浅ましい。もう二度と目にしたくない。歌もききたくない。そう言うグループを企画したプロデューサーもそれに乘っかった評判の良くないキー局も番組もタレントも悪質だ。

歯牙にもかけないと言うならハナから相手にするべきでない。無視していたらそのうち当人達が恥ずかしくなって消えていくに違いない。

そうなのだが、あまりに純烈を意識したグループ形態、曲調、メンバー、苦労話のくっつけ方。全てが嫌らしくてハナにつく。
ワシが腹を立てる必要はサラサラないが健康センターをノーギャラで回っていた頃の純烈を知っていると、ついつい言いたくなる。

辞めた純烈の元メンバー林達也君、友井雄亮君、小田井涼平君達も含めメンバーもレコード会社も裏方さんも純烈に関するすべての人達に一言あって然るべきだ。


むかし、インディーズのソウルバンド「ゴマアブラ」と言う若者達がつのだ☆ひろさんの名曲「メリージェーン」をファンク風にアレンジした。勿論、彼らはつのだ☆ひろさんの許可を取ってから演奏した。

アマチュアの彼らがキチンと筋を通してできたことが仮にもプロのたまごのくせに何故出来ないのだ!?

取巻きも大馬鹿だ。甘やかしてデビューさせてもすぐにメッキが剥げるだけ。恥を知るとよい。

純烈や笠置シヅ子のパクリは制裁されるのか

笠置シヅ子先生は日本一の歌手ですが、物まね少女歌手美空和枝(ひばりに改名)さんが小学生の頃、笠置先生の持ち歌を許可なしに国内外の興行で勝手に歌ったことから因縁が。
のちに和解したというものの美空ファミリーの背後には神戸芸能社がついており、鶴田浩二事件や美空ひばりとの離婚記者会見の小林旭の様子に象徴されるが如く加藤母子の横暴は芸能界を席巻していくのでした。

サトウハ◯ロー先生のように「悪魔の子!金目当ての餓鬼!日本の芸能界から追放せよ。」と言う声は、やがて時と共に消えていきました。


しかし、著作権がある以上守らなければならない範囲は存在します。昭和の時代に反社の力を利用して「歌謡界の女王」などと持ち上げた取巻きの責任は重い。


最近、純烈のパクリの昭和歌謡グループが現れた。それらは著作権違反ではないがやっていることは浅ましい。チンプでおぞましい。金のためなれら、紅白に出る為なら何をしても良いわけではない。

恥知らずなテレビ屋の企画である。腹が立つから昼のこの番組は見ないでいる。

或る設計会社の悲哀

その会社は代表者の人柄が良く従業員もフレンドリーであった。

駆け出しのころの自分が担当していたが、社長が病気で亡くなったのと同時に会社も倒産状態となった。会社も社長も破滅に向かっていたのに社長は表情にも出さず従業員とも良好な関係であった。

当社の業況が悪いことは知っていたが長期資金を融資した。
物的担保に評価余裕額がなく保証協会の保証限度額も限度に達していたため、第三者個人の人的保証をしてもらうことにした。

連帯保証人として社長が指名した人物に指定された喫茶店に向かった。挨拶もそこそこに保証内容について説明し保証意思の確認を終えた。「これで保証人さんの面接は終わりです。」と相手に告げると保証人は憮然とした顔でものも言わず喫茶店から出て行った。自分の飲んだコーヒー代も支払わずに。

翌日社長にあったので問うてみた。
「口には出さなかったけれど彼は保証人になりたくなかったのでは?」

否定する社長。
「十年来の友人だし、私には喜んで保証人になるといってくれた。」

私は昨晩のことを社長に話した。
「でも彼は保証人確認の面接後、怒ったような顔でものも言わずコーヒー代も払わずに出て行きましたよ。」

「えっ!?」
社長は驚き絶句した。それから悲しそうな顔をした。紙入れから千円札を取り出して私に握らせた。「すまない。コーヒー代として取ってくれ。」

「多すぎますよ。」お釣りを出す私を制して社長は「ごめんな。」と呟くように私に言った。

一か月ほど経過した後に突然社長が亡くなった。当座預金は資金不足で二度の不渡りを出し会社は倒産した。
社長も社員たちもフレンドリーで会社の雰囲気も良かった。社長がお元気であったら会社の業況も回復していたのに違いないのに。そう思えて残念でならない。
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「昭和疾風録」について

なべおさみさんの「昭和疾風録」は力道山さんや大山倍達さん、花形敬さんについても語られています。

梶原一騎さんの「わが懺悔録 さらば、芸能界の女たち!」や、小島一志さんの「純情 梶原一騎正伝」とリンクする箇所もありたいへん面白かったです。

『ジャイアント台風・2』ニューヨーク無冠の帝王・鳥人・アントニオロッカの虚実綯い交ぜを紡ぐ梶原一騎の世界

DVD プロレス最強列伝炸裂!驚異のアルゼンチンバックブリーカー RAX-114 格闘技 アメリカンプロレス アントニオ・ロッカ ハンス・シュミット ルー・テーズ ザ・ビースト アントニーノ・ロッカ 幻の帝王 レスラー 70年代 80年代 プロレス 格闘家 スポーツ [メール便]
DVD プロレス最強列伝炸裂!驚異のアルゼンチンバックブリーカー  アメリカンプロレス アントニオ・ロッカ  アントニーノ・ロッカ 幻の帝王 レスラー 70年代  プロレス 



第二巻で馬場さんのアメリカプロレス武者修行はいきなり佳境に入る。登場人物も一挙に四人増える。

馬場正平
デューク・ケオムカ
フリッツ・フォン・エリック
アントニオ・ロッカ
力道山
フレッド・ブラッシー
ミスターМ
ロイ・マクラリティ―
スィート・ダディ・シキ
ハード・ボイルド・ハガティ
ドクター・ビル・ミラー
ボボ・ブラジル
アントニオ猪木

この中でボクの好きなレスラーはアントニオ・ロッカだ。
世界中のレスラーの中で最高のギャラを稼いだ男。チャンピオンベルトに執着しなかった男。技の神様。黄金の男。鳥人。ニューヨークの帝王。無冠の帝王。様々なエピソードが残されているがボクが一番好きなのは修業時代の馬場さんがアントニオ・ロッカに勝利したこと、だがロッカはリングを降りると新人の馬場にもフレンドリーで会うたびに葉巻をくれたという話などである。

馬場さんのトレーナーのフレッド・アトキンスは「飛んだり跳ねたりのサーカス野郎」と軽蔑したらしい。鉄人ルー・テーズは「自分勝手な試合運びでレスリングにならない」と切って捨てたようだ。

そして『ジャイアント台風』の中でアントニオ・ロッカにまつわる一番凄まじい話は「日本人柔道家殺害事件」だ。今でいうところの、リング上の異種格闘技戦でアントニオ・ロッカが日本柔道家谷五段を弑してしまったというのだ。

梶原一騎先生は「1961年フロリダの夏は暑かった。」という書き出しの名調子でその悲惨なエピソードを紹介している。その事件の出典がアメリカのプロレス専門誌なのか、当時のフロリダのプロレス紙なのかわからない。底本を明らかにしていないことから梶原先生の創作であったかも知れない。

とにかくそうやって梶原さんは余談で盛り上げてロッカの強さ、非情さをクローズアップして最高潮に達したところで1962年3月29日ニューヨーク、マジソン・スクェア・ガーデンで両者が対戦したという事実にボクらを引きずり戻すのである。

どうでしょうか。素晴らしいストーリーテラーだとボクは思うのですが。

「ケンカの聖書(バイブル)」全五巻完全版 原作梶原一騎 作画石井いさみ 双葉社刊




●本作は梶原一騎、石井いさみの問題作品と言われることがあります。 少々僭越な個人の感想ですが三島由紀夫作品の中の「青の時代」に似通ったところがあります。三島は「青の時代」を評して「主題がぶれ、文脈もふら付いた不完全な作品」と言う意味の発言をしていますが、その方が人間三島由紀夫の思考や躊躇いが垣間見えて余程面白いです。 同様の雰囲気が、梶原一騎 石井いさみコンビの「ケンカの聖書(バイブル)」にも見られます。 ●「柔道一直線」、「空手バカ一代」、「ケンカの聖書(バイブル)」を 梶原一騎さんの問題三部作と言われることがあります。 「柔道一直線」は漫画家の首をすげ変えても続かずついには未完で投げ出します。 「空手バカ一代」は漫画家と喧嘩別れし監禁事件まで起こします。 「ケンカの聖書(バイブル)」も他の作品のような運命かと思いきや、そこは幼少のころから京浜鎌田の悪ガキ仲間の友情で1011ページの堂々の完結を迎えます。1010ページまでの破滅的悪魔的展開を最終一ページで裏切ってハッピーエンドに持ち込みます。これは石井いさみ画伯の功績。 ●ただ一点、気になるのは私の記憶違いか?連載当時の最期のクライマックス吉良旭と力王山の決闘のシークエンス。本作品では19ページに渡って死闘が描かれていますが、少年サンデーの連載当時は、吉良旭が日本刀を抜いた瞬間に力王山が「わしの負けだ!わしが悪かった!!」と叫んであっけなく決着したように思われます。この点は資料をお持ちの方がいらしたら御教示ねがいたいところです。 ●最後に、「石井いさみに格闘シークエンスは描けない。」という批判ですが梶原さんの実弟の真樹日佐夫さんと石井画伯が組んだ「すてごろ専科」よりは本編「ケンカの聖書(バイブル)」の方がきれいに描けていると思います。ちなみに真樹日佐夫さんは石井画伯のことを「いさみちゃん」、梶原先生のことを「にいちゃん」と呼んでいたそうです。

プロレスの味方の人のプロレスの見方





1970年代の初めころよりプロレスファンがものすごく饒舌に変化していったことがある。プロレス雑誌を二誌とプロレス新聞を二紙購読してしたが、一般のプロレスファンがひどく理論武装するようになった。非力で腕力に自信のない学生が口先でペラペラ言ってけんかの強い体育会系男子を煙に巻くというのによく似ている。
プロレスにいろんな見方があると言い出したのは村松友視だったが「私、プロレスの味方です」が出版されたのが1980年であるからファンがプロレスを言葉であれこれ解説してみせると言うのは、村松さんが本を出したころにはもう世間一般のプロレスファンの「あれこれ理屈を言い合ってプロレスを楽しむ」という風潮はごく当たり前のことだったのだろう。
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