プロ野球

凄いぞ!大谷翔平!昔でいうと、王貞治、スペンサー、稲尾、堀内、宮田、小林全部ひっくるめて、もってけドロボー(言葉が悪くてゴメン)みたいな感じ


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今の大谷翔平さんのホームランのペースって、王貞治さんやスペンサーさんのホームラン数、あるいは稲尾さんや堀内さんや阪神移籍後の小林さんの勝ち星、もしくは読売の八時半の男宮田さんのリリーフ勝ち星みたいだ。

つまり、報道されて視聴者が30号ホームランか?すごいな王さんはとか思ったその日に、もう31号とか32号ホームランを打っていた。
一方、投手もそう、もう10勝したのか?神様稲尾ってさすがだなとボクらが思った翌日ダブルヘッダーで投げて11勝と12勝をしたみたいなかんじ。

これはほんとなんだ。今じゃブラック企業なみのローテーションだが、鉄腕稲尾は。勝ち星が早くて平和台から原稿書いた記者がファックスを( ネットもねえからな。)流した時にはもう二つばかし、余分に勝ち星あげてたという、、、、、。
特に西鉄は無茶苦茶やった。今なら、人権無視。訴えられているところだ。

10勝った翌日、ダブルヘッダーで投げて11勝と12勝をしたなんて。

神様、仏様、稲尾様とか、剛腕、鉄腕とか言われたって、、体に悪いやろ。そんなのは。


でね、無理のできないルールだらけの今の時代で、こんだけやるオオタニサンはすごいでしょと言う話。
しかも、楽しくやってるという感じがいいよね。
日本のためにも、子どもたちのためにも、いいよね。


大声で言う「川田利明!ありがとう!」



開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学


今日は、横浜で買えず地方で買った川田利明さんの本読んで、YouTubeで一日中、三冠戦や三沢越え、四天王の動画を見た。今も昔も妥協しない真剣で厳しい生きざまに感動する。

少年の日に馬場さんの後ろに付き従っていた澄んだ瞳の新弟子さん。試合会場での、若き頃の川田さんを思い出しています。

寡黙で不器用はご自身の演出という御著作でのカミングアウトも、三冠初奪取のプレスインタビューに「これまでのレスラー人生で一番うれしい!!」と答えた時の素晴らしい笑顔で納得です。

「ベンツ3台をスープに溶かした。」も恥でも失敗でもありません。元入れ金を増やしたんです。法人なら増資です。

苦労や努力は必ず報われる。だから、川田さんのファンはあなたに「頑張れ!」とか、「勝ってくれ!」とか言わない。

みんなは、こう言う。

「川田!ありがとう!!」

最高の褒め言葉だ。


俺だけの王道―川田利明自伝 Dangerous K

昭和のヒーロー①長嶋茂雄

月刊長嶋茂雄 vol.1 ゴールデン・ボーイ「衝撃」デビュー (分冊百科シリーズ) 

 

東京読売巨人軍立教大学から長嶋茂雄が入団した。

六大学のスターだった長嶋はテレビ、新聞、雑誌の取材を受け、時代の寵児として、

プロ球界でもスターとして華々しくデビューした。

晴れやかなプレーと明るい性格、屈託のない笑顔、男らしい立ち振る舞いで、

長嶋茂雄は瞬く間に日本プロ球界のトップスターとなった。

 

映画やテレビドラマ、少年向けの漫画雑誌にもたびたび登場した。

あるとき、少年漫画雑誌に長嶋茂雄選手が実名で登場した。

架空のストーリーだが、ある誘拐事件に巻き込まれた長嶋選手が、

犯人一味と相対し、被害者の少年を救い出したところへ警視庁のパトカーが

大挙して現れ、犯人一味を一網打尽にする。

その日はナイターで後楽園球場で巨人ー阪神戦が組まれていた。

犯人一味から少年を救い出そうとしていた長嶋選手は当然試合に遅刻する。

警視庁の刑事が気を利かせ、パトカーのサイレンを鳴らし、後楽園球場まで

長嶋選手を連れて行く。

 

試合は九回の裏、ツーアウト満塁、スコアは阪神3点ー巨人0点

ここでホームランが出れば、巨人の逆転サヨナラ勝ちだ。

グランドに飛び出す長嶋!代打を告げる川上哲治監督!

 

バッター長嶋打席に立つ!阪神のピッチャーはザトペック村山実

村山渾身の剛速球‼長嶋思い切り振りぬく‼

ホームラン‼代打逆転サヨナラ満塁ホームラン‼

 

長嶋の劇的なホームランを絶叫し中継するアナウンサー。歓喜する大観衆。

 

 

今は昔の話だが、 

燃える男長嶋茂雄ミスタージャイアンツの誕生のころの

少年漫画週刊誌の一コマである。

 

 

この漫画誌が当時創刊されたばかりの少年マガジンだったか、少年サンデーだったか、

私は忘れた。ご存知の方がいたら、ご教示願いたい。昭和三十年代の初頭、プロ野球は輝いていた。戦後の復興日本も高度経済成長期に向かってまっしぐらに進もうとしていた。

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